もしかしたら、私は気がおかしくなってしまったのかもしれない。
昨日の夜あたりから、そう思うようになった。
私という中で、もう一人の私が、ある事をそっと囁く。
私は、それを違和感とは思わない。納得して聞いてる。
そんな感じだった。
おかしい事を本気でおかしいと思う自分より、もう一人の自分が言う事に耳を傾ける自分の方が強い。
だから、気がおかしくなったんじゃないかと思った。
「美樹ちゃん、どうしたの?」
…さんが、箸を止めて、そう訊いてきた。
私は、自分が固まっている事に気づいて、慌てて意識を戻した。
「え、は、はいっ! な、なんですか?!」
声が上ずる。
びっくりしたのか、…さん、目を丸くした。
言った私でさえびっくりしたくらいだから、仕方が無い。
「どうしたの・・・夕べからなんかぼーっとして」
「いえ・・・なんでも・・・本当です」
「いや、別になんでもないんならいいんだけど」
「・・・・」
私は、…さんから目を逸らして、うつむいた。
自分が何を考えていたかなんて知られたら、絶対におかしいと思われる。恐がられるかもしれない。
私だって、恐いから。
恐いけど、本心。お腹の上、胸の下あたり、胸だかお腹だかわからない中間の所から突き上げてくる本心。
心臓が波打って止まらない。
自分でもわかる。頬が熱くなっているのが。
多分、真っ赤になってる。
…さんが、そんな私を見て、不思議そうに思いながらも、箸を進めている。
わたしは・・・わたしは・・・
突き上げてくる思い。
心臓が、胸の奥から離れて、身体中を駆け巡っているみたい。
「ふぅ・・・」
何度ついたか判らないため息。
張り詰めた体の中の空気を抜こうとしているのに、つけばつくほど、どうしようも無い気持ちが張り詰めてくる。
ベットの上で、クッションを軽く優しく抱きしめた。
強く抱きしめたら、壊れそうな気がしたから。
私が抱きしめているのは、クッションだけど、私の中では別の物だった。
赤ん坊。
まだ、ぷにぷにしていて、何も知らない小さな命。
私が、昨日から唐突に欲しがっている物は、まさにそれだった。
それも、…さんと私の。
きっかけは、ふとした事だった。
…さんの部屋でテレビを見ていた時に、課題をしながら横目でテレビを見ていた…さんが、赤ん坊の写っているシーンを見て、「小さくて可愛いなぁ」って言ったのが、多分きっかけだったと思う。この言葉を聞いた時に、鼓動が一拍ずれていたら、多分今こんな気持ちになっていなかった筈。
トンと一つ跳ねあがった。それだけで、普段考えもしなかった所に踏み込んだ。他愛も無い事だとは自分で思う物の、芽生えた気持ちをもう消す事は出来なかった。
奇妙な縁で、一緒に住むようになってから、高まった私の気持ち。そんな、子供が欲しいとかそんな気持ちじゃなくて、ただずっと一緒に居たいっていう、普通の気持ちだけは育ったと思う。
つまり、「好き」という気持ち。
この気持ちの上があるとは思わなかった。
まだ高校生になったばかり。
それなのに、赤ん坊が欲しい。
側に…さんが居て、私の抱いている赤ん坊を見て、嬉しそうに頬をつつく。そのイメージを思えば思うほど、身体がばらばらになりそうな程、鼓動が高鳴っていく。
絶対おかしい。
こんな事を思うなんて。
確かに、もう子供だって産める身体をしてる・・・と思う。でも、仮に産めたとしても、育てる事なんて出来ない。私と…さんはまだ高校生。親の援助なくて、生活だって出来ない。学校にだって居られなくなるし、お父さんお母さんにだって、なんて言われるか。もう友達とも遊びに行ってる暇なんか無くなる。何よりも赤ん坊の育て方なんて、私にはわからない。そんな事わかってる。
わかってるけど、どうしようもない。
産めるなら何をしてもいい。…さんと私が半分づつ出し合った子供が欲しい。
そもそも、どうして…さんの気持ちも考えないで、こんな事を思っているんだろう。でも・・・でも、 今の私には、それだけしかない。
「どうしよう・・・」
思わず声が出た。
もし、こんな事を考えているなんて知ったら、…さんはなんて思うだろう。恐い女だって思うに違いない。
それだけは絶対に嫌。そう思われたら、もうお終い。今のこの気持ち以前に、好きと伝える事も出来なくなる。
でも、この気持ちが止まらない。止め方もわからない。
だからと言って、誰にも相談出来ない。
女の人にしか相談出来ない。でも、だからと言って、林檎ちゃんにももちろん出来ないし、お母さんにだって無理。いや、お母さんなら・・・でも・・・・
思考の洪水に飲まれそうだった。
もう気が狂いそう。
どこにも持っていけない気持ちが、はけ口を求めて、指が勝手に服の隙間へと滑り込んで行く。
自分の手の感触が、何か自分の手じゃないような気がした。
部屋の壁の向こうに、…さんが居るのに。
…さん、今何をしているんだろう。何を考えているんだろう。私がこんな事してるなんて知ったらどう思うだろう。
頭の中で、いろんな事が滅茶苦茶に浮かんでは消えて行く。
私は、ドアに鍵がかかっているのを確認した。
それから、目を閉じてひとつの事だけを考える事にした。
朝起きてみたら、三十八度を超える熱が出ていた。
体温計の表示を見て、自分でもびっくりした。多少だるいと思って計ったけど、そんな高熱になってるとは思えなかったからだ。
私が起きて来ないのを心配してか、…さんが部屋に来てくれた。
具合が悪そうなのを見て取ってくれたのか、私の額に手を置いた…さんが、私が額に触れている手の感触を味わう暇もなく、びっくりしてこう言った。
「凄い熱だよ!」
「・・・大丈夫です」
「大丈夫な訳ないだろっ! 」
…さんは、あきらかに慌てている。体温計の数値が間違っているんじゃないかと思うくらい、気分的には多少だるい程度なのに、そんなにびっくりしなくても。
でも、身体があまり動かなかった。関節という関節が、動こうとしても言う事を聞いてくれない。
「今日は寝てないと駄目だよ」
「でも、別に苦しくないんですよ・・・」
半分嘘で半分本当だった。
心配をかけさせないという訳でもない。本当にそう。
不意に、昨日なにか気持ちが昂ぶっていた事を思い出した。
そうだ・・・昨日、私は変な事を考えてた・・・
だけど、不思議な事に、その気持ちは収まっていた。
でも、消えた訳じゃない。昨日までの気持ちが、自分の落ち着くところを知らない迷子みたいな物だとしたら、今の気持ちは、やっとみつかった自分の家で、のんびりくつろぐ・・・・そんな気持ちだった。幸せな夢を見た後の感覚に似てる。
この気持ちを暖めておくだけで、昨日とは逆に、むしろ落ち着ける。
どうにかなってしまいそうだったのは、昨日だけだった。逆に、今思うと、なんであんなにうなされるような事になっていたのか、理解に苦しむくらい。
もしかしたら、昨日のは熱病みたいな物だったって事かも。
思えば、こんな状態の予兆だったのかもしれない。
「風邪かな・・・とりあえず、今日はゆっくり休んで様子みよう」
「・・・・・はい」
…さんの心配そうな表情を見ていたら、勝手に口が言った。
「今日、学校終わったらすぐ帰ってくるから、絶対おとなしくしててよ」
私は頷いた。
…さん、優しい。
私が妹みたいな女の子だから? もし私じゃなくても、こんな風にするの?
私は特別・・・・なの?
口には出せないクエスチョンが、心の中に溢れてくる。
「とりあえず、今何か食べる?」
「・・・食欲ないからいいです」
食欲が無い理由は、身体が欲しがらないのと、今胸の中にある気持ちだけでお腹は空かないような気がしたから。
「そう・・・ならいいけど」
「それより、早く学校へ行ってください・・・遅刻しちゃいますよ」
「う、うん・・・」
そう言ってから、私の部屋を出る最後まで、心配そうに見ていてくれた。
ドアがしまってから、私は、そっと目を閉じてみる。
気持ち良かった。
目を開けていたのが、結構辛かったんだと実感した。それほどまで身体が参っていたとは思ってもみなかっただけに、余計そう思う。
不意に、まぶたの裏に、昨日思った事が浮かんで来る。まるで、さっきまで夢で見ていたみたいに鮮明に。もしかしたら、本当に夢だったのかもしれない。
幸せそうな私と…さんの間に居る赤ん坊。
無邪気に笑ってた。
私と…さんも。
あんな風に笑えるなんて、羨ましい。
今は無理だけど、いつかあんな風に微笑む日が来くればいいな。
もしかして、本当は心の底でこんな風に思ったのかもしれない。
子供が居れば、いつまでも一緒に居てくれると。
どっちも自分の本心のような気もするし、どっちも違うような気がする。そう思ったのは、鳥かごで鳥を囲ってしまうのと似てる気がしたからだ。でも、捕まえておきたいほどなのは、自分でもわかった。
ひとつだけ確かなのは、私が…さんを好きだという事。
今まで、どこか漠然としていた気持ちが、いきなり形になった気がした。
そういう意味では、新しい何かを生んでしまったのかもしれない。
私は、熱で身体がだるくなってきたにも関わらず、胸の奥だけが心地よくなって、その場所に逃げたい気持ちになった。冬の朝、布団の中が気持ちいいのと同じに。
後書き
華やかな花の部分だけじゃなくて、根っこの方の部分がかけて
いたらいいかな〜程度な感じです。
花や草の部分は、日に向かって華やかだけど、根っこは上の部分を
生かす為に、なりふりかまわずっていう感じですよね。
まあ、そこまで露骨でないにしろ、そーいう面をちょっとでも
書いてみたいなーとか。
まあ、女の人の思考なんてわからんけどね(笑
作品情報
作者名 | じんざ |
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タイトル | ふたりぼっち |
サブタイトル | 赤ん坊 |
タグ | ずっといっしょ, ずっといっしょ/ふたりぼっち, 石塚美樹, 青葉林檎 |
感想投稿数 | 156 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月10日 03時51分09秒 |
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