ラベンダーのような色をした髪が、窓から入ってきた風にかすかに揺れた。
グラドリエルの知らない母を知る姉達は、その髪を母親譲りだと言う。
「そんなにお母様に似てますか?」
「ええ、とても」
双子の姉、エリエルは優しげに目を細めて笑った。グラドリエルは、そんな姉に、自分の知らない母親の姿を重ねていたのかもしれない。
嬉しそう笑って、照れていた。
「あなたは、お母様からいろんな物を受け継いだのね。優しさ、強さ・・・・そして、なによりも気高い心と勇気を」
「でも、わたしは、まだお母様みたいには・・・・」
かつて先王であり、グラドリエルの母親であったエルファーラン女王と共に、魔界の悪魔と戦った事のあるジェストナイや、カード騎士団が、彼女の事を話す時にする眼差しをグラドリエルは好きだった。何よりも自分の母親の偉大さと、行動を誇りに思える瞬間だったからだ。しかし、今その母親の後を継いで女王となった今、いかにそれが重責となっているのかを知る事になっていた。
わたしは、お母様のようになれるだろうか。
そんな事ばかりが、いつもグラドリエルの頭の中にあった。
「お母様はお母様。あなたはあなたの思うように生きて、思う様にすればいいと思います」
エリエルは、グラドリエルの頭に優しく手を乗せた。
謁見の間では、グラドリエルは、誰にとっても女王であるのだ。本来ならば許される行為ではないのだが、十三歳の若すぎる身をいたわろうとする姉の心を、誰が制限出来るだろう。
「あなたはあなたになればいいのです。お母様もきっとそうしてきた筈です」
「・・・・そうでしょうか」
「・・・・」
まだ不安そうな妹の髪を、優しい姉はゆっくりと撫でた。
「もしわたしが女王であれば、あなたにこんな苦労をさせないで済んだのに・・・」
すると、グラドリエルは、不意に顔を上げた。
エリエルのこんな辛そうな声を聞きたくない。ただそれだでの事をさせない為に。
「エリエルお姉様。わたし、辛いなんて思った事はありません。お姉様達や、ジェストナイ、それにカード騎士団や城のみんなも居てくれるから・・・」
「グラドリエル・・・」
エリエルは、普段ならば、グラドリエルを「女王」と呼ぶべき立場にある。今のエリエルは、グラドリエルの姉であった。
「あなたは強いわ。わたしたちよりもずっと・・・・」
強い妹を誇らしく思って浮かべる笑みは、限りなく優しい。
「わたしは、あなたの為ならば、この命だって惜しくはありません。本当ですよ」
「エリエルお姉様・・・」
「あなただけではなく、ジドラエルや城の為・・・お母様が守り抜いたこの国の為ならば・・・」
そこでエリエルの声が止まったのは、グラドリエルの表情を見たからだ。
きびしいまでの表情を。かつてエリエルが見た母親、エルファーランが見せた、厳しい眼差しと同じ光を見たからだ。
「お姉様達や、みんなを守るのが私の使命です。だから、絶対にそんな事はさせません。私の命にかえても・・・」
「ああ、グラドリエル・・・」
エリエルは、そっとグラドリエルの頭を抱き締めた。
幼い心にある、悲痛なまでの決心を、少しでも受け止めてあげられるなら・・・と。
「あなたは優しい子。皆は、そんな貴方が大好きなのよ。だから、そんなに悲しい事を言わないで」
「・・・・・」
グラドリエルにとっては、みんなを守る事が自分の使命だと信じて疑わない。心の底から沸き上がってくる感情でもある。
誰一人悲しい思いはさせない。
それだけが、グラドリエルを支える源だった。
グラドリエルがそう思えば思うほど、姉を苦しめる事になるのだと、この時グラドリエルは知った。
逆に、姉が決意すればするほど、グラドリエルは強くなっていく。姉が心配する方向に。
エリエルも、グラドリエルを抱き締めながら、その事に気づいていた。
「優しいグラドリエル。あなたはきっと立派な女王になるわね・・・お母様よりもずっと立派な女王に・・・」
エリエルは、母親は母親で偉大だと認めている。優れているという意味で言ったのではなく、グラドリエルはグラドリエルとして、お母様には出来なかった事をするかもしれない。そういう意味だった。それに、エリエルなりに、グラドリエルを発奮させようと考えての事も、少しだけあるのだろう。母親を引合に出した事を、エリエルは心の中で母親に謝った。
エリエルの心の中のエルファーランは、優しく微笑んでいた。
それは、エリエルの都合の良い解釈なのか、それとも・・・・・・・
「・・・お母様には及ばないかもしれないけど、わたし、頑張ります」
グラドリエルは、小さいが、しっかりしとした声で呟いた。
「そうね・・・なによりも、まずその事が一番大切だわ」
「・・・はい」
グラドリエルは、満足の笑みを浮かべた。
自分の成すべき事に、整理がついたのだろう。
そっと、姉に抱かれた胸から離れた。
「ありがとうございます。エリエルお姉様」
その言葉に、エリエルも微笑んで頷く。
「どうしてお礼を言うの? 変ですよ」
エリエルはクスっと笑った。グラドリエルもそれに釣られて笑う。
他人の笑顔が自分の笑顔。グラドリエルは、そんな娘だった。
「どうですか。これからシドラエルの所へ行って、今朝取れたばかりのハートの実でも食べましょう。わたしが剥いてあげますよ」
「え、本当?」
女王ではなく、女の子としての表情が浮かんだ。
ハートの実は、グラドリエルの小さい頃からの好物だった。
エリエルは、正直な所、グラドリエルのこんな表情が好きだった。気丈に振る舞う女王としての姿に誇りは感じるものの、やはり若すぎる妹の本当の姿を見られるというのは、姉としての喜びが先に立つ。
「ええ、だから。先にシドラエルの部屋に行ってらっしゃいな」
「はい!」
元気な返事を一つして、グラドリエルはエリエルの微笑みに送り出されて、部屋を出た。
エリエルは、一つ大きく息を吐いて、腹に力を入れて、声を一つ。
「よしっ!」
城仕えが見たら、耳を疑いそうなほどの声だった。
守りたい者を持つ者が、自分に言い聞かせる為の言葉だ。自分を奮い立たせる言葉だ。
母親から受け継いだ勇気は、エリエルの中にもあったのだ。
エリエルだけなく、ジドラエルや、ジェストナイ。カード騎士団。そしてヴァレンディアの国の人々の中にも。

Fin

作品情報

作者名 じんざ
タイトルプリンセスクラウン
サブタイトル受け継いだもの
タグプリンセスクラウン, グラドリエル, シドラエル, エリエル, ジェストナイ
感想投稿数63
感想投稿最終日時2019年04月14日 09時56分25秒

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  • [★★★★★★] 待ってました.例え、2000年問題が起ころうが、必ず書いてくれると思ってましたよ。これからも完全版をと、言わず、新作をドンドンだして下さい1!!次回作まで楽しみにしています。
  • [★★★★★★] 日常のひとコマですね。こういうのもいいっす。
  • [★★★★★☆] 戴冠式後、見識の旅前の話ですね。
  • [★★★★★★] ヴァレンディア王国はとても輝いている国だと度々思います。
  • [★★★★☆☆] fgjhfcdghjfdcふぃおkhgfrとhgfdtgh