君が僕を呼びだしたのは卒業式からずいぶん経った桜が散り始めた日だった。
桜の木の下で一緒に食事をしようという誘いだった。
もちろんふたつ返事でOKし、約束の公園へ行った。


公園の入り口で君は僕を認めると軽く手を振って迎えたね、僕はその時左手に持たれていた
バスケットの中身がてっきり昼食だとばかり思っていたんだ。
公園の奥で2人っきりになれるスペースを見つけ、2人腰を下ろすと彼女はバスケットから
一冊の本を取り出した、この間あの本屋で手に取っていた本だった。
それを君が手にした切符だと気付くまで僕の頭はフル回転した。君の説明が始まるまで・・・。


「こんな話が有るんだって」
君が栞を挟んでいたページには薄暗いオーディション会場の写真が載っていた。
「ここからいろんな人が出てるんだって」
次に開いたページには出身者書かれた人間の作り笑いが写真に収められていた。
「こういうこと、出来るんだって」
そのページの下には過去の実績が所狭しと並べられていた。
「だから?」
僕は訊ねた。答えは薄々感づいていたけど、自分で肯定する怖さに耐えられなかったんだ、
だけど君の口から聞く方がもっと怖かった。ただの冗談で済ましてくれるほんの何パーセントに
望みを繋いだはずだったんだ、だけどそれも裏切られた。
「ちょっとね」
照れ笑いを浮かべた後、君は続けた。
「こんな話も良いかな、って思って」
僕が言葉を取り戻すまで、君は僕を見つめた。いつもと変わらぬ優しい視線だった。
そして同時に、僕がそれまでに感じた君の視線の中で一番辛い視線だった。
「ど、どうして?」
一番簡単な疑問を表す台詞を口にすることが僕に出来る精いっぱいの抵抗のつもりだった、
だけどそれは君の手のひらの中で僕が少し動いたに過ぎないことだったんだ。
「甲子園、連れていってくれたでしょ」
すらすらと彼女の口から言葉が滑り始めた、きっと用意していたであろうその答えを告げるために。
「甲子園で私、あなた達が羨ましかった。だってあなた達を応援する何万人の人達が
そこに居たじゃない。
私には無かった。すごく、綺麗だった、あなた達が。
かなわないな、って思ったんだあの時。
私、応援するのは大好き、それはいつか言ったよね。
1人でも沢山の人をあんな風に出来たら嬉しいな。」
じゃあ卒業式の時僕に言った言葉は何だったんだ、そう口にしようとしたときだった。
「あなたのこと、すごく大事。だけどあなたは私よりずっと強いから、応援になんてならないかも知れない。
私、応援には二つ有ると思うの、引き立てる応援と支える応援、あなたをずっと支えていたい。
だけど、私がこれから通う学校に部活は無いし、だれかを励ましたいの、それが出来るのは
こんな道も有るなって・・」
僕だって君が居るという理由だけで、傷ついたり悩んだりする事が無くなるはずはないと思った。
だけどそれを君に言えなかったんだ、せっかく君が居てくれるのにそんな言いぐさは無いからね。
伝説だって僕たちの背中を押したし、僕たちに障害は存在し得ないとお互い信じていた、少なくとも
僕はそう信じたかったんだ。
「僕じゃ何もできないからね」
いろんな思いを込めた言葉のつもりだった。
「ううん、そんなこと無い。あなたはなんでも出来ちゃうから」
「僕が何もできないから、自分で何かを掴もうなんて寂しいと思うんだ。
 だって、せっかく僕が居るんだし、1人より2人で居たいし。」
もう平行線をたどるのは嫌だったんだ。
「虹野さんがいう程、僕は強い人間じゃない。それに何か掴む理由がなければ僕は
 何も出来ないと思う。今までは目指すことがあったからやってこれたんだし」
「目指すこと?」
「それは・・・」
必死になっていて袋小路に追いつめられたことに気付かなかった、まさかここでまた照れくさい事を
言うことになろうとは
「僕の目の前にいる人のこととか・・・・」
虹野さんは真っ赤になってうつむいてしまった。
「ご、ごめん・・と、とにかく何て言うか、あの・・・」
「ごめんなさい」
「えっ?」
君から謝ってきたことが不思議だった。
「あなたの事なんて考えずにずっと自分勝手に考えていたみたい。こんなに思って
くれて居る人が側にいてくれているのに」
僕は一層照れ笑いするしかなかった。
「そうよね、せっかく居るんだから・・・。あ、ねえ」
「え?」
「そんなことより・・・・『虹野さん』っていうの他人行儀だから他の呼び方にし
 て欲しいな」
こんな申し出をどれだけ頭の中で思い描いただろう、でも実際にその場に居合わせ
ると急なことに戸惑った。
「どんな風に呼べば良いの?」
「えっとね・・・」
手をもじもじさせながら君はこう口を開いた。
「さ、沙希とか・・・駄目かな」
下の名前か・・・。
「あの、いやなら良いの。あなたの好きなように・・・」
「僕は全然構わないよ虹……あ、いや沙希」
少し前のやり取りなんてまるで忘れてしまったように僕たちは桜の木の下で笑い合った。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜沙希編
サブタイトル第1話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜沙希編, 虹野沙希
感想投稿数24
感想投稿最終日時2019年04月11日 11時56分12秒

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