春が駆け足で役目をこなしていた。
僕たち2人は変わらず電話のやり取りをしながら時々会ったりして、普通の恋人達という
状態を満喫した、春に誘われるように2人は流れていっていたんだ。
時は流れて行く。季節だっていつまでもこのままで居ることは無いと知っていながら。
卒業の日から1ヶ月、お互いがお互いの道を歩き始める時がやってきた。
彼女は料理学校に、僕は大学に。学生同士だからスケジュールも合わせ易いだろう、
それが甘い考えだと気付くまで時間はそれほど必要なかった。
お互い新しい世界での自分の居場所を作ることに必死で会う機会はおろか声すら聞けない
毎日がしばらく続いた。
一週間ぶりに声を聞いたのは4月半ばの深夜だった。新歓コンパから帰ってきた僕を
留守番電話の君の声が迎えた。
「会いたい。いつでも良いから電話して、声だけでも聞かせて」
受話器を持とうとした僕は何気なく風呂に入ってからでも遅くない気がした、煙草の煙が
充満していた店に居たのでヤニ臭さを洗い流したかった。だけど僕はここで一つ間違いを
してしまったんだ、風呂から上がるとそのままベッドに倒れ込んで深い眠りに体を預けてしまった。
結局僕が僕の意志で体を動かすことが出来たのは朝のしかも1限目にギリギリの時刻だった、
つまり僕は彼女を無視してしまったことになったんだ。
その日は一日気になって仕方なかった、講義が終わればすぐにでも彼女の家の前に行って
彼女に会うつもりでソワソワしながら受講していた。だけどそれはかなわなかったんだ。
その日も同期のサークルの人間に捕まってそのまま飲みに連れ出された。
僕の気持ちを知らない人間はきっと気楽なんだろうね、僕はまるで世界で一番重い罪を背負った
気分になっているのにさ、誰かそこら辺の女の話で盛り上がってる。
今更じたばたしても始まらないことを悟った僕はとにかく陽気を気取って飲んだ。
気が付くと僕は自分の家の前にいた。
僕の前に一つの壁が出来たのが気配で気付いた。顔を上げるとその壁は昨日電話をかけてきた
君本人だった。僕の家の前で待っていたんだ。彼女はしばらく僕を見下ろして暗い路地を走り去って
いってしまった。追いかけようとしたとき初めて僕は誰かに支えられて立っていたことを知った。
「あ〜あ、彼女に誤解されちゃったみたいね」
そう言って僕を玄関まで送ったのは一つ年上の女の先輩だった。
酔いが醒めていくのが実感として分かった。
また僕は君を傷つけてしまったんだ。あの時すぐに電話をしておけばこんな事にはならなかったと
悔やんでも過ぎた時間は取り戻せやしない。受話器を取ってすぐに短縮ダイヤルの#10番を押した。
5回のコール音の後に受話器が喋った言葉は留守番電話のテープ音だった。良く考えてみれば
さっきまでここにいた彼女がまだ着くはずもない。後で電話をかけようと思って受話器を置こう、
そうしたときふと思い立ってテープに僕の声を吹き込むことにした。
「明日の午後5時、駅前交差点の前の喫茶店で、謝ることが沢山有るんだ」
それだけ吹き込んで受話器を置いた。
次の日、大事をとって3限目からサボって僕は君を待っていた。
窓越しの人通りに段々と背広姿が増えてきても、街がすっかり輝き出しても君は来なかった。
約束の時間から3時間待って僕は喫茶店を後にした、君に会うことなしに。
家について短縮ダイヤル#10番を押したけれど留守電すらセットしてないようで規則正しい
ダイヤル音が頭に響くようだ。姿を見たい、声を聞きたい。君がこの間僕に求めたことを今、
僕が君に求めている。滑稽な切実。会いたいという思いが僕を彼女の家まで出向かせた。
夜の9時頃だったと思う。彼女に会えた。1人で道を歩いて来て、僕を見つけると駆け寄ってきた、
彼女はあまり見たことの無い服を着ていた。そして
「ゴメンね」
とだけ言って僕を家の中に入れた。
相変わらず彼女の部屋は綺麗に片づいていた。
彼女は紅茶を運んでから、僕と向かい合うように座ってしばらくしてから話し始めた。
「本当にごめんなさい、せっかく昨日電話して貰ったのに・・・」
僕は会いたいだけで別に怒りは持ってはいなかった
「昨日あれから考えたの。必要だとか、必要でないだとか・・・・」
「必要?」
「うん、やっぱりあなたは私が必要以上に関わらないでもいいんじゃないかなって思ったの。」
「昨日のことはごめん。色々あって酔ってて・・・。」
「あの時ちょっと考えたんだ、やっぱり考え直そうかなって。それで、今日ちょっとね」
「ちょっと?」
「うん、ちょっとこの間の本に載っていたところに行ってみたの」
この間の本・・・確かあれはオーディションがどうとか・・・
「でもね、結果は全然駄目、だってなんにも分からないんだから。」
「・・・」
「だけど面白かった、一瞬だけでもスポットライトがこっちに来てみんなの目もこっちに来て」
「・・・」
「でももう良いんだ。こっちから会いに行かなくても、会いに来てくれる人なんて
そこには居なかったから。やっぱり会いに来てくれる人、あなたが居てくれるか
ら。私、どうかしていたのかも知れない」
「ごめん、僕はせっかく会いに来てくれたのにあんなトコ見せて」
「私だってあなたを責められないわ、見て、この服。全然似合わないでしょ」
彼女は笑い始めた。
「僕も夜中に女の人に肩を借りるなんて似合わなかっただろ」
僕も笑った。
その時、インターフォンが鳴った。僕たち以外この家にだれも居ないようなので
「僕が出てくる」
と、言って玄関を開けた。見たことのない30台中盤くらいの男が1人そこにいた。
「夜分遅くすいません虹野沙希さんのお兄さんですか?妹さんいらっしゃいます?」
作品情報
作者名 | 雅昭 |
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タイトル | 悪意に満ちたSS〜沙希編 |
サブタイトル | 第2話 |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜沙希編, 虹野沙希 |
感想投稿数 | 24 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 16時46分53秒 |
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