不満を叫ぶだけでは何も産み出すことはない。
笑って君を送り出すよ、僕が君を受け入れた証にね。
背中だけは見せられない、きっと泣き顔だろうから。


料理学校を辞めた君が発つ前の晩、君は僕を招待したね。
君の手料理でもてなしてくれた。
コンソメスープからデザートまで、一切を君が手を尽くした料理は僕だけでなく、これを食べた人
誰もが幸せになれそうな味をしていた。特に、トマトソースで煮込んだチキンが絶品だった。
「これだけ出来れば料理屋さん開けるかもね」
そう言って気付いた、幼稚な意見を言えば、料理でだって誰かに何か訴えることが
出来るんじゃないかな。
「私にはこれしか無かったし」
今は違うと言いたそうな言葉だった。
「今じゃあ僕なんかよりずっとたくさん持ってるからね」
君は僕の言葉に目を閉じた。
「ごめんね」
こうして僕が君の家で謝られるのは2度目だったかな、今回も突然だった。
「あなたに無理させちゃって、私どうしてもあんな風にあなたに言うしか無かったの」
「君が決めたことなんだから、僕はなにも言わないよ」
「あなたにはああ言いなさいって・・・」
薄々気付いていたけどね。
「私・・・戻ってきても良いかな?」
弱気な顔をしていた。
「いきなり甲子園に行ったって、練習してないチームは勝てるわけないでしょ、私
勝てそうもないの。これからの自分に」
そっと、僕の隣に腰を下ろした。
「甲子園で負けたって、帰るところがあるじゃない。だけど私、帰ってくる場所が」
言葉を詰まらせた。
僕は君の肩に手を掛けてこう言った。
「ここが有るよ」
「・・ありがとう、そう言ってくれて」
僕に君の体の重さを預けた。柑橘系の香りが僕の鼻孔をくすぐり、それが一層僕の腕に入る
力を強くさせた。
しばらくそうしたままで居た、夜は静かに更けながら君との時間を減らしている。


近付いてくる別れの先を僕は思い描いていた。
君が僕の所に帰ってくることも有るんだ。君が諦めてしまいさえすれば。
でも理由はなんであれ君が上手く行かないことを願うことは許される事であるのか。
君が負ける姿を見ることに僕は耐えられるのか。
なんの為の僕だろう、君が好きだと言ってくれたのに、君の力にさえなることが出来なければ、
君の未来を祝福することすら出来ない。出来ていることは、ただこうして洋服越しの君を
受けとめることだけ。
君の歩く道を作るのは僕の見知らぬ誰かで、その道を照らすのも僕じゃなくて、一緒にその道を
歩くことさえ出来なくて。


ただ見ているだけさ。
手を貸したり、手を差し延べることさえ躊躇っている、君が何を欲しているのか分からないから。
そのまま君は他の手に引っ張られて行ってしまうんだ。僕の偽善を押しつけていしまいそう、
きっとそれは彼女の中の僕を消してしまいそうになる。僕の存在を君に押しつけてしまうから。
僕はどうなんだ、君を責めてばかりで自分が悲劇のヒーローになろうとしてるんじゃないのか。
君を優しく包むつもりが、君を押し込めようとしていただけで。君を見守るつもりが、君に対して
毒づいていただけで。
なんの為の僕だろう、君を僕の中で閉じこめて傷つけて、君の側に居ることで、何が君に
もたらされたんだろう。
「もう、お別れだろうね」
「帰っちゃうの?」
お互い、目を見ることが出来なくてこんな言葉を交わした。
僕は君に何も与えることが出来なかったんだと思う、君に与えられる力が無かったばっかりに。
与えてくれる者の懐の中に君が行くなら、もう僕の所に戻って来る事なんて無いだろうし。
君が帰ってくるときは僕は君になんて顔を合わせれば良いのか知らないし。


「そうだよ」
彼女の髪を撫でた。ショートの髪を伝うように僕の手が流れて、流れの中でさらさらと
髪がこぼれ、シャンプーと甘い香りが2人の中に割り込んだ。
「じゃあね」
立ち上がって彼女に背中を向けた、向けてしまった。
「震えてる、寒いの?」
僕の背中に彼女を感じた。泣き顔をあやすような暖かさを、感じた。生きている以外の
何物でもない暖かさを。
「あなたにも、来て欲しいの」
僕の背中で彼女がまた僕を困らせる言葉を言った。
「一緒に東京に行こうよ。あなたも一緒に。そして2人で・・・」
彼女も忘れていなかったんだ、あの時の約束を。彼女は光だということは変わっていない、
だけど僕は影であり得ない。
「じゃあ・・・・ごちそうさま」
彼女を振りきるように僕は歩き始めた。それが何を意味するか自分でも良く分かって居る
つもりだった。


次の日、空港の出発ロビーに行かず、スカイラウンジから飛び立っていく様しか見なかった。
直接会ってしまうと、僕はどうなってしまうか分からないかったから。
1時間ちょっと先の空を目指して、君は飛び立って行った。
その空の向こう側に有るものを求めている姿が僕の心に映った。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜沙希編
サブタイトル第9話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜沙希編, 虹野沙希
感想投稿数25
感想投稿最終日時2019年04月09日 13時21分56秒

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