東京か・・・。
自分の部屋の床に寝そべって呟いてみた。
あの場所から先に逃げ出したのは僕の方だった。
君のいろんな事、分からなくなって。
歩いていた僕たち2人、突然君だけジェットエンジンを着けられたようさ。
とても僕では追いつけやしない。
君に内燃機関の力を感じた。あり得ない力を無理矢理装備したようなぎこちなさを。
君は直通便の切符を手にした、それを僕に見せた。
あなただけを・・・・。
過ぎ去っていく日々の中で僕が言われた言葉が頭の中でリピートする。
それは嘘。
偽りが裏切りであるなら、僕はとっくに裏切られている。
あれも本当。
誰の中でも真実は一つであり得ない。
彼女を信じろ、その心が「永遠」を現実にするから。
彼女を信じるな、お前の側で彼女が「永遠」に居続けるために。
手放してはいけないと思った、だけど君は僕のものでは無かった。
子供が玩具を手放すように君から離れることは出来なかったし、テディベアのように手元で
ただ置いておくことも出来やしなかった。
僕に出来ることはただ指をくわえて見ているだけなんだろうか、それじゃあまりにも虚しい。
頭をかきむしっているとき、電話の呼び出し音が聞こえた。
「あー、私だけどぉ、今駅前の飲み屋にみんないるんだけどー、あなた最近つき合い悪いじゃない、
ねぇ〜これから来ない〜?」
受話器をあげると相手も確かめずに喋り始めたのはいつかの先輩だった。
受話器の向こうの大勢の話し声やテレビの音で少し心がすっと落ちついてくるのが分かる。
会社帰りのサラリーマンの声だろうか、普段どこにでも有る声が何よりも温かく聞こえた、僕は
そのまま熱に引きつけられるように店の場所を示したメモを片手に街へ歩き出した。
北から吹き初めた木枯らしが僕の体に容赦なくぶつかってきた。
「ほーら、いつまでもグジグジしてんじゃないの、飲むなら飲む!食べるなら食べる!」
先輩とその他全員は酒の飲めない下戸以外誰もが出来上がっていた。
「彼女がどれだけ大事か知らないけど、たまにはこっちも付き合いなよー。ん?その顔は彼女と喧嘩したんだー」
それしか話題が無いのか、そう思ったけど考えてみれば僕も彼女しか考えることは無いんだろうか。
静まることを知らない場所、誰かしら喋り続けているテーブルに座る自分。この場所に身を置いて
居ることも出来るんだ。なにも彼女の側にこだわらなくても。手に入れたいものを変えると、
自然と自分の場所も変わるのかも知れない。
彼女が好きだったから、僕は彼女の側に居たかった。今でも好きさ、あの頃から何も変わっちゃいない。
だけど心を少し違う位置に持ってくるだけで、僕を動かすベクトルも変わるんだと思う。
どうしてそんな偉そうなことが言えるかって?彼女の場所を考えたんだ、彼女はもう、僕を求めていないから
この街を捨てたくなったんじゃないのかな。僕は彼女をこの街につなぎ止める役割を果たせることすら出来ない
ちっぽけな人間だから。
「ほぉらぁ、なに辛気くさい顔してんの!やだ、全然飲んでないじゃない、ちょっと石田さんっ、
そっちのビールまだ入ってる?ちょっとこっちに渡して渡して、彼全然飲んでないのよ〜」
僕の前に633ml入りのビンが置かれた。気がつくとその周りに8つのグラスも並べられていた。
「ちょっと待ってね、ついであげるから」
とくとくとくとく・・・
8段階の量のビールをそれぞれのグラスに注ぎ、先輩は割箸で小さくそれを叩いた。
「いい?これがド、それからレ、そしてミ、ファ、ソ、ラ、スィ、それからド。」
カン、キン、カン
「ド、ミ、ソって叩いたの、どう?今のあなたはこうね」
こん、きん、こん
「ラ、ファ、レ。良い?音聞いただけで楽しくなったり悲しくなったりするでしょ。
悲しいときに辛気くさい顔すんのは今の音弾いてるようなもんなの、悲しいときに楽しい音聞かなきゃ。
ったくあんぉばかやろーーーー!!!」
「ふられたらしいぜ、先輩」
酔いに任せて僕に話しかける先輩を前にそっと同期の男が耳打ちした。
「さっ、飲みなさい、このグラス全部」
悲しいときに楽しい音を聞こうとしてここに居る先輩、僕も楽しい音が必要な人間なんです、
頭に巣くう気持ちに勝つために。
一気に8杯のビールを飲み干し、僕は笑い始めた。少しでも自分が楽しい音を奏で始めるように。
「なんにも言ってくれないの?」
いつかとは立場が逆で僕が先輩に肩を貸して歩いていた。
「私が振られたこと知ってて、一緒に騒いでくれたんでしょ」
「違いますよ」
来るときに感じた木枯らしもアルコールの入った体には堪えるほどではなかった。
「僕もいろいろ悩みがありまして」
「お互い大変なんだ、まあ振られたモン同士仲良くしましょ」
先輩はそう言いつつよろけた。僕はまだ振られたわけじゃないのに・・・。
「あんまりね、女の子のことであせっちゃ駄目よ〜。『待ってる』とか『ずっと』とかいう言葉は
けっこうみんな好きなんだから、男は違うの?」
「男もそんな言葉好きなヤツ沢山居ると思いますよ」
3人居れば「みんな」になるのが日本語。
「でしょ、だけど『迎えに来る』っていうシチュエーションも捨てがたいのよね〜」
「その言葉が好きな男ってあんまり居ないと思いますよ」
「どう?女心が少しは理解できた?」
「ますます分からなくなりました」
「うん、それで良し。謙虚が一番、自分でウジウジしてる男ってさいてーなの、分かった?」
「あ、でも思いやりとか・・・」
「なにが結局良い方向に動くかなんて分かりっこないの、自分の偽善を押しつけて
正当化する『思いやり』なんて言葉は知らないでいいから、そんなこと言ってる
ヒマ有ったら女心をもっと研究しなさい・・・・ったく、こんなこと離してたら
酔いが醒めて来ちゃった」
足元を見ると十分酔っている。
「もう良いわ、ここで。じゃ送ってくれてありがと。ま、せいぜい元気出しなさい」
手をひらひらと振りながら先輩は夜の住宅街を歩いて、ときどき何かに寄り掛かり
ながら歩いていった。僕は見えなくなるまでその姿をじっと眺めて、自分の家に帰った。
作品情報
作者名 | 雅昭 |
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タイトル | 悪意に満ちたSS〜沙希編 |
サブタイトル | 第8話 |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜沙希編, 虹野沙希 |
感想投稿数 | 24 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月23日 21時26分28秒 |
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