職員室では相変わらず教頭が詩織を責めたてていた。
「だいたいですね、クイズなどと言う遊びのために……」
「あそ……」
「遊びじゃありません!」
詩織が叫ぶ前に赤井が立ち上がっていた。
「クイズというものは、その参加する人間の知力・体力・集中力・反射神経、それらの総合的資質を問われる一競技です。
教頭のおっしゃるような遊びではありません」
すかさず、教頭が矛先を赤井に向けた。
「そうは言ってもテレビなどでやってるものはインチキじゃありませんか。
問題文を全部聞かずに途中で答えて正解なんて……あらかじめ答を教えてもらっている、すなわちやらせであるのが明白じゃないですか?」
「違います!」
赤井が反論する。
「あれは問題の途中で、問題の全文を判断する根拠があります。
解答者の経験や問題文の癖、あるいは出題者の発声、イントネーション、それらから問題文の先を予測し答えるのです。
単なる遊びではない事はここからも明かであり……」
「赤井先生、教頭先生、ま、そう熱くなってはいけませんね」
白熱する議論に校長が間に入った。
「赤井先生のおっしゃることはわかりました。藤崎さんの気持ちも私は理解できます」
「校長!」
校長の言葉に教頭が反論しようとした。
「ま、教頭先生、落ちついて」
校長は教頭を鎮めると話を続けた。
「しかしですね、それとこれとは別です。
TV出演を解禁すると、必ず我が校のイメージを下げる生徒が現れます」
「そんなことはありません!」
詩織が立ち上がった。
「過去の例を見ても『高校生クイズ』はその出場する高校のイメージアップはあってもその逆は……」
「藤崎さん、話は最後まで聞きましょう。
私が言いたいのはですね、TV出演を解禁する事は『高校生クイズ』以外の番組にも道を開くという事なんです」
「え?」
校長の言葉に詩織が聞き返そうとした。
「つまりですね、『高校生クイズ』以外の、いわゆる低俗番組に出演して学校のイメージを下げる事があってはいけない。
そういうことです。私は『高校生クイズ』はいい番組だと思っています。
しかし、それに門戸を開く事はそれ以外の番組にも門戸を開く事になるんです」
「………………」
教頭と違い、校長の理路整然とした話は赤井と詩織に反論する隙を与えなかった。
「ですから、学校経営を理事長から任されている私としては、学校のイメージアップの可能性よりも、むしろダウンにつながる恐れのある校則の改正はできないんです。
わかっていただけますか?」
「しかし……」
詩織の言葉にも力がない。
その時、職員室のドアが開いた。
「ふぉっふぉっふぉっ……校長先生、お話は聞かせてもらいましたよ」
職員室に初老の男が入ってきた。
「理事長!」
教頭が立ち上がった。
理事長と呼ばれた老人は室内を見回した。そして、つかつかと詩織の隣に歩み寄った。
「あなたが藤崎さんですね」
「あ、はい」
詩織が返事をすると、理事長は
「あなたは本当にいい友だちを持っていますね」
「え?」
「レイ、みなさんをお入れしなさい」
その言葉に続いて、伊集院が夕子・公・好雄・ゆかりを連れて入ってきた。
「ひなちゃん……みんな……」
詩織の疑問に理事長が答えた。
「レイとゆかりさんに連れられて私の所にきましてね。
みんなで校則を変えるんだ、とまぁ凄い剣幕でしたよ」
「みんな……」
詩織の目から涙がこぼれそうになった。
その時、教頭が理事長に言った。
「しかし、理事長! それとこれとは別です。
伝統あるきらめき高校の校則を、そんな一時の感傷で変えるなどとは……」
「私もそのつもりです」
理事長は教頭に答えた。横にたっていたレイが顔色を変えた。
「お爺様、先ほどの話と全然違います!」
「まちなさい、レイ」
理事長が伊集院をたしなめた。
「さすが理事長、わかっていらっしゃいます。
外国旅行やお金欲しさにTVのクイズに出るなんてことは……禁止しているアルバイトをする事と同じですからな」
我が意を得たとばかりに教頭がまくしたてた。
「違います!!」
詩織が叫んだ。
「私は……私たちは……お金や、旅行や、商品や……そんなもののために出るんじゃありません!
自分の……自分の力を試してみたい……ただそれだけなんです!」
「シオリン……」
涙を流して抗議する詩織に夕子の表情が変わった。
「いや、藤崎さんの言う事もわかります。
しかし、学校の名誉を考える校長の判断も納得がいくものです。そこで……」
理事長がゴホンと咳払いをした後、詩織に向かって言った。
「あなたの、そのクイズに対する情熱を試させてもらいます」
「??」
室内にいた教師、そして詩織たち生徒全員も首をひねった。
「来週、講堂で臨時のクイズ大会を開きます。
藤崎さんは高校生クイズ大会と同じように3人一組で挑戦してもらいます。ルールは単純に早押しクイズ。
もしあなたたちが勝ったら、その時は私は理事長の名に賭けて高校生クイズへの出場ができるように取り計らいましょう」
「勝ったら? では、負けたら……」
公が理事長に聞いた。
「その時は……この話は無かったものと考えて下さい。
校長先生もみなさんもよろしいですね」
「わかりました。理事長のお考えに同意します」
校長が教職員を代表して答えた。
「みなさんはどうですか?」
理事長は生徒たちに聞いた。
「こっちもいいわよ! 理事長のじいちゃん、話せるじゃない!
なんたってこっちにはシオリンがいるんだからね。勝ったも同然よ!」
夕子が答えた。詩織も頷きながら答えた。
そして、さらに詩織が尋ねた。
「わかりました。でも……勝負って……誰と勝負するのですか?」
「あ、言い忘れました。教員側の代表は……赤井先生、あなたです」
「えぇぇぇぇぇ? わ、私ですか??」
赤井は自分を指さしながら慌てて返事した。
「理事長! 赤井先生は今回の件では終始、生徒側に立っています。
その赤井先生を代表にするなんて……わざと負けるに決まっているではありませんか!」
教頭が大慌ててメンバーの変更を要請した。
しかし、理事長は澄ました顔で言った。
「いえ、私は赤井先生が9年前の学生クイズ選手権の優勝者だということを知っています」
職員室中にざわめきが起きる。
「赤井先生が……学生クイズ選手権で……?」
詩織が声にならないつぶやきをもらす。
さらに理事長は続けた。
「その実力は折り紙付きです。
あの時の事を覚えていますが、他の事はともかく、クイズに関しては決して妥協しない。そう言う人だと思います。
まさか、手を抜く何てことはありませんでしょう。それに……」
「それに……なんですか?」
赤井が理事長に尋ねた。
「もし万が一、手を抜くような事があったら……赤井先生にはそれ相応の処分を考えています。
よろしいですね、赤井先生」
「……………………わかりました」
しばらく考えていた赤井はゆっくりと頷いた。
「では、決まりですな。来週、講堂で。藤崎さんはメンバーを連れてきて下さい」
理事長に言われ詩織もゆっくりと頷いた。
「では、失礼します」
そして、生徒たちは職員室を後にした。