詩織達の特訓は順調に進んでいった。
「1946年に創設された、オランダのハーグにある国連機関、略称をICJと言えば日本語では何?」
「国際司法裁判所!」
「もともとは、火縄銃に用いる火のことで、物事を始めるきっかけを作るときに『切る』ものは?」
「口火!」
詩織の出題に公はテンポよく答えていく。
「カーナビゲーション。『GPS』のGとは何の略?」
「えっと……グローバル」
「スピッツのアルバム『ハチミツ』。収められている曲のタイトルでハチミツがとれる植物の名前は?」
「クローバー……でいいのかな?」
危なっかしいが、一応夕子の方もかたちにはなってきた。
「映画『That'sカンニング! 史上最大の作戦?』で安室奈美恵と共演したTOKIOのメンバーをフルネームで答えると?」
「山口達也!!」
どうやら、こういうのは得意のようだ。
「OK、じゃこれくらいにしておきましょう」
詩織が問題集を閉じた。
「ふ〜、明日か……いよいよ……」
夕子が大きく伸びをした。
「でも、朝日奈さんを見直したよ。絶対途中で根を上げると思ったんだけど」
公が夕子を見ながら言った。
「あ、ひっどぉい、公くんったら、そういう風にあたしの事見てたんだ」
夕子が公を睨む。
「あ、そういうつもりじゃ……」
「うっそ、自分でもこんなに一生懸命になれるなんて思ってなかったもんね。
シオリンもそう思うっしょ」
「あ、そんなことないよ」
詩織が慌てて否定する。
「ひなちゃん、多分いちばん伸びたんじゃないかな。
公くんはある程度大丈夫だと思っていたけど、ひなちゃんがこんなにできると思っていなかったもん」
「そ、そうかな?」
夕子が照れながら頭を掻いた。
「本当だよ。
朝日奈さん、多分、芸能部門や雑学系では詩織よりよく知っているし、オレ驚いた」
公の言葉に夕子は真っ赤になった。
「や、やだぁ公くん……チョー恥ずかしいぃ!」
「さ、今日はこれで解散にしましょう。明日は頑張ろうね!」
公が夕子をあまりに褒めるので、詩織は不機嫌になって片付け始めた。
「そうだな、時間も遅いし……もう10時過ぎているよ。
詩織は隣だけど……朝日奈さんは家遠いし……送っていくよ」
公がハンガーからジャケットをとって夕子に言った。
詩織がそんな公を睨んでいるが公は全く気付かない。
夕子は詩織の突き刺すような視線が公に注がれているのに気付いた。
そして公に向かって言った。
「あ、大丈夫だよ、公くん。一人で帰れるって」
「でも、真っ暗だし……この辺りは痴漢も多いし……」
「ひなちゃんが大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんでしょ!」
そう言うと、詩織は一人で公の部屋を出ていった。
「朝日奈さん……オレ、詩織を怒らせるような事したのかな?」
事態を理解していない公は首をひねりながら夕子に聞いた。
(この……鈍感野郎……)
そう思いながら、夕子はにっこりと笑って言った。
「さ、さぁ……わかんないな。じゃ、あたしもう帰るね。また明日」
「あ、さよなら……」
訳のわからないまま公は夕子を見送った。
部屋に帰った詩織はパソコンに向かった。
「赤井先生=ダッチマン」の疑惑にとりつかれてしまった、詩織は数日前にダッチマンに電子メールを出していた。
ダッチマンさん、こん○○わ。
フォーラムでお世話になっているシオリンです。
今日はどうしてもお聞きしたい事があってMAILしました。
それはダッチマンさんの正体の事です。
パソコン通信の世界でこういう事を聞くのはルール違反であるのは百も承知しています。
しかし、どうしても聞かずにはいられません。先日、10年前の「アメリカ横断ウルトラクイズ」のビデオを見る機会がありました。
そのビデオの中に私の高校の先生が映っていました。
その先生は司会者から『ダッチマン』のニックネームで呼ばれていました。
もしかして……もしかして……ダッチマンさんって……単刀直入にお聞きします。
ダッチマンさんって、赤井先生じゃないのですか?
もし違っていたらごめんなさい。
お気に触りましたら謝ります。
もしダッチマンさんが赤井先生だったら……
いいえ、なんでもありません。ダッチマンさん、いえ、赤井先生。
今度のクイズ大会、絶対に負けません。
私の夢のために……シオリンこと、きらめき高校3年A組 藤崎詩織
自分でも脈略の無い文だと思った。
(どうしてこんなメールを送ったんだろう……)
詩織は自分を責めながら、通信ソフトを起動し、ネットに接続した。
−−メールが1通届いています(未読分1通)−−
接続するとセンターは詩織にメールが届いている旨のメッセージを送ってきた。
(誰だろう?)
通信を始めてまだ4カ月にもならない詩織は滅多にメールをやりとりする事はない。
入会した際の歓迎メールくらいだ。
詩織はキーを叩いてメールを開いた。
すると……
1 赤井 達人 ******** 98/06/22
題名:ばれてしまいましたか……シオリンさん、いいえ、藤崎詩織さん。
私の正体に気付きましたか。
いつかばれるだろうな、とは思っていましたが……(^^;通信の世界では私はあなたの教師ではありません。
あくまでもシオリンさんと同じ「一個人」として、参加しているんです。
と、言っても無理でしょうね。多分シオリンさんの頭の中は今大混乱なんでしょうね。
騙すつもりはなかったんですが、今まで隠していたことを先に謝罪します。明日はいよいよ、運命の日ですね。
お互い正々堂々がんばりましょう。
私もクイズの先輩として、「全力で」シオリンさん達に向かうつもりです。では、また明日。
ダッチマンこと、赤井達人
「やっぱり……」
詩織はディスプレイに向かって呟いた。
(赤井先生、ダッチマンさん……私……負けません)
「明日か……」
マンションの自室で赤井は手持ち無沙汰を紛らわせるように、キーボードを意味無く叩いていた。
「俺は……どうすればいいんだ?」
(決まっているじゃないか、いつもと同じ、全力で勝ちに行くんだ)
「でも、俺は一教師だ。生徒の夢を砕くような事をして……それで教師か?」
(いや、教師である前に、解答席に座ったときは、クイズ王“ダッチマン”だ)
「でも……」
(手を抜いて……わざと負けて……それで藤崎は喜ぶと思うか?)
「だから……手を抜いたと思わせないように……」
(常識で考えれば……お前に負ける要素は何もない。藤崎もそれは知ってる筈だ)
「初めてクイズに出たときの事を思い出して見ろ」
(…………………………)
「あれは、十四年前、高校一年生の時だった。地区予選の2問目で終わったんだった……」
(…………………………)
「結局、三年間一度も全国大会には行けなかった。
大学時代にウルトラクイズで準決勝まで残る事が出来たが……いまでも……高校生クイズには悔いを残している」
(…………………………)
「可愛い生徒達に……悔いを残させるような事をしたら……教師失格だ。
……それに俺の成し遂げられなかった夢を叶えてくれる、彼女にはその力がある」
(生徒に人生の厳しさを教えるのも、教師の仕事だ)
「…………………………」
(手を抜いたら……処分すると理事長は言っているんだぞ)
「俺の処分が何だって言うんだ!」
(職を賭ける、それだけの価値があるのか?)
「ある! 高校時代は人生の中で……もっとも充実するときだ。だから……」
赤井の心の葛藤は朝まで続いた。
結論を出す事なしに、意味無くキーボード上をさまよっていた指は無意識の内にディスプレイに文を書いていた。
“俺は教師だ”
“俺は教師だ”
“俺は教師だ”
“俺は教師だ”
“俺は教師だ”
“俺は……………………彼女らの…………教師だ…………人生の…………先輩だ…………”
“俺は………………教師なんだ”
夜が明け、朝を迎えた。
運命の日である。
作品情報
作者名 | ハマムラ |
---|---|
タイトル | 栄光への道 〜きらめき高校日本一への挑戦〜 |
サブタイトル | 08:「赤井、悩む」 |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/栄光への道 〜きらめき高校日本一への挑戦〜, 藤崎詩織, 主人公, 朝日奈夕子, 早乙女好雄 |
感想投稿数 | 42 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 03時54分26秒 |
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