『大健闘です。大会前は全く無名だったきらめき高校。
 この準決勝でも帝都高校相手に一歩も引かぬ善戦です』


準決勝は後半ロスタイムに入っていた。両校無得点。帝都が一気に攻め込む。
「今度こそ、決めてやる!」
しかし、厳しいコースにも関わらず公はキャッチした。
『主人です。このチームの守護神、天才キーパーの主人公です。
 ここまで無失点幾多のシュートをことごとく止めております』
「純平!」
公は前線に走っていた純平にロングパスを送った。
『それにしても凄い、鉄壁の守り、主人。
 そしてボールはチームのポイントゲッターの神島に渡ります』
しかし、敵もデータを調べてある。きらめきの得点源は純平である。
あっという間に囲まれる。

(もう一人……もう一人いれば……なんとかなるのに……)

公は純平一人に集中するマークを遠くから見る事しかできない。
(くそっ……うじゃうじゃいやがって……いったん後ろに戻している時間はないな……)
純平は前に立ちふさがる4人の選手を見た。
僅かだが、右端の選手とその隣の選手との間に隙間がある。
「いっけー!!」
純平は渾身のシュートを放った。
「なに!!」
キーパーがジャンプする。しかし届かない。
『ゴール! ゴール!!!
 ディフェンダーの隙間を抜けたシュートはゴールネットを揺らしました!』
ピピピーーー!
試合終了の笛がなる。
「純!」
沙希が叫ぶ。
シュートと同時にバランスを崩してひっくり返っていた純平はその時にやっとシュートが決まった事に気付いた。
(沙希……おれだってやればできるぜ……)
『番狂わせです。
 初出場のきらめき高校が……たった十一人のサッカー部が第二シードの名門、帝都高校を破って決勝進出です。
 そうです。主人公です。この男なしでこの快挙はなかったでしょう。
 ここまで打たれたシュートは百五十本以上。それをことごとく止めての無失点』


(新田……やっとお前と勝負できるぜ……)
公はスタンドにいる新田を見つめた。
(公、今年の決勝は……久しぶりに熱くなれそうだ……)
スタンドでは新田が公と純平を見ていた。
(あと一つだ……沙希……見てろよ……)
純平も傷だらけになりながらベンチに引き上げていった。

決勝進出。
それはサッカー部のグラウンドのファンをさらに増やす結果となった。


「公くーん! きゃぁーー!」
黄色い声援が飛び交う。
「いやぁ、すごい騒ぎだ……」
「練習にならんよ……」
部員達は練習するのも一苦労だった。
その中で、純平は黙々と練習を繰り返していた。
「なんか、一人頑張ってる奴がいるな」
「純平か……考えてみたらあいつも凄いよな。
 確かにうちのチームは公が頼りだけど……あいつも一人でうちの全得点を叩き出してるわけだし」
「まぐれっぽいのが多いけどな……」
部員やギャラリーをよそに純平は練習に打ち込んでいた。
「おい、純平。無理すんなよ。明後日は試合なんだから」
「わかってるよ……」
(公に追いつくには……日数が短すぎるんだよ……)
「はは、俺達ももう少し頑張るか」
「負けるにしても……戦って負けたいもんな。
 俺達にできる事といえば……泥にまみれるくらいだから……」
「お前、沙希ちゃんみたいな事言うんだな」
部員達はそう言いながら練習に戻った。
「あれ? 沙希ちゃんと言えば……今日は姿を見ないけど?」
「なんでも、南都実業を偵察に行くって言ってたけど」
部員の疑問に公が説明する。
「ははは……やっぱり勝つ気でいるのか、沙希ちゃんは」
「当たり前だろ!」
純平が部員に怒鳴る。
「公」
純平は公に向かって言った。
「なんだ?」
「勝つからな」
「うん」

「あがれ! チェック忘れんな!」
南都実業のグラウンドでは新田を中心に選手達が泥にまみれて練習していた。
フェンスの後ろで沙希がじっと見ている。
「ようし、今日はここまで」
汗と泥にまみれた新田が宣言して練習は終わった。
そして、新田はフェンスの所にいる沙希の元へ歩み寄った。
「どうも、わざわざ会いにきてくれたのかな?」
「違います。今日はスパイです」
「やれやれ、正直な子だ」
そう言って新田は芝生に腰を下ろした。沙希はそんな新田をじっと見ていた。
「顔に何かついてるかい?」
新田は沙希に尋ねた。
「汗と泥がいっぱいついてます」
「練習の後だからな。女の子に会える顔じゃないな」
「いつもそんなに練習するんですか?」
「おかしいかい?」
「だって……新田さんは天才だし……なのに……一番汗にまみれて……」
「公や……えっと、神島だっけ? 彼らは汗にまみれないのかい?」
「いっぱいまみれてます」
「だろ。天才だって努力して始めて一人前なんだ……俺も……公も……そして神島も……」
「え?」
沙希はキョトンとしている。
「やだ、新田さん。確かに公くんは天才だけど……純は違いますよ。
 だから人よりいっぱい汗にまみれないと……」
「気付いてないのか…………彼は……神島はサッカーを始めてどれくらいになる?」
「えっと……」
沙希は指を折った。
「二カ月くらいかな……」
「サッカーをなめてもらっちゃ困る。
 始めて二ヶ月やそこらで一流校のゴールが狙えるほどサッカーは甘くないぜ」
沙希は呆然としている。
「準決勝の最後のシュート。誰もがやけくその大まぐれだと思っているが……
 やつはあの時相手選手の隙間をみつけ、そこを狙って蹴ったんだ。偶然じゃない」
「狙った?」
「そうだ、狙ったんだ」
そして新田は続けた。
「天才という言葉は…………むしろあいつにこそふさわしいのかも知れない」
(純が……天才???)
「やだ……勘違いですよ、勘違い」
沙希は新田の言葉を一笑した。
「純の事だったらなんだって知ってるんです。ドジで不器用で、どうしようもなくて……。
 ほら準決勝のシュートでも蹴った後にひっくりかえっちゃったでしょ。
 純に天才なんて格好言い形容詞がつくはずがありません。第一似合わないもん。
 私が言うんだから間違いありません」
必死で否定する沙希に微笑みながら新田は言った。
「一つ聞いてもいいかな?」
「な、なんですか?」
「その神島と公と……君はどっちが好きなんだい?」
「え?」
「俺は舞台に上がるのが遅すぎたようだから、潔く身を引くとして……どっち?」
沙希は答に窮した。
「おーい、新田! ミーティング始めるぞ!」
向こうで部員が叫んでいる。
「どうやら、答は聞けそうにないね……」
新田はお尻の草を払いながらたちあがった。
「じゃぁ」
そう言って新田は歩き始めた。が、ふと立ち止まり振り返った。
「そうだ、公と神島に伝えてくれないか?」
「なんですか?」
「沙希ちゃんは譲るけど……明後日の試合は譲らないって」
そう言って新田は走っていった。後には沙希だけが残った。

(どっちが好きなんだい?)
(どっちって……公くんは好きよ。大事な友だちだもん。純は……純は幼なじみで……
兄妹みたいに育って……そうか、純は兄妹か……だったら……公くん……なのかな……)


沙希は薄暗くなった道を歩いて帰り始めた。向こうから人の気配がする。
「公くん!」
しかし、街灯の明かりの中に現れたのは純平だった。
「俺だよ」
「迎えにきてくれたの?」
「公でなくて悪かったな」
「え?」
沙希は純平の言葉の意味が解らなかった。
「帰るぞ」
そういって純平は先に歩き始めた。


気まずい雰囲気だった。純平を公と間違えた沙希はいたたまれなくなった。
「あのね……新田さんがね、純の事、天才だって」
「お、おもしれぇギャグじゃねぇか……(天才だったらこんなに苦労するもんか)」
「大わらいだぜ」
「そ、そうだよね。純が天才だったら……天才のイメージってドジでおっちょこちょい、ってことになるもんね」
「そういうこと……」
「はは……」
その時、二人の視線の先に一人の男が入った。
「あれ?」
歩いていたのは公だった。夜道を公が歩いていた。
「どうしてこんなところに……おーい、公く……」
沙希が声をかけようとしたとき、公は建物の中に入っていった。
『佐藤整形外科』
と書かれた看板を見た二人は顔を見合わせた。
「外科??」
次の瞬間、沙希は建物の中に入っていった。
「おい、沙希…………ったく……」
純平も後を追った。

「沙希?」
中に入った純平は沙希に声をかけた。
「誰もいないの……」
沙希が答えた。

夜の病院は誰もいなかった。
その時、診察室の中から声が聞こえてきた。

『いかんな、主人君……かなり悪化してるぞ。
 無理をしているんじゃないのか?』
その声に沙希はそっと診察室のドアを開け、中を覗いた。
中には公と医者が向かい合っていた。
「無理はいかんといったろう。
 これ以上無理をすると手術しても手遅れになるぞ」
「すいません、でも僕はキャプテンだから……自分が頑張らないと……」
(え? 手術? 公くんが? どうして??)
「本当にサッカーが好きなんだね……」
沙希の思いをよそに医者は公に話した。
「決勝か……」
「はい」
「まさか本当にやるとは思わなかったよ。
 南都実業に行かずきらめき高校に行くと聞いたときはサッカーを諦めたんだと思っていたが……」
「先生、僕の膝、もちますか?」
公は医者に尋ねた。
「医者としては……止めねばならん」
「先生……」
「しかし、言っても無駄だろう……しかし、次で最後だ。
 勝っても負けても……決勝が最後だ」
「(最後……か)…………はい……」
公は頷いた。
(最後?? 公くん……)
ドアの外では沙希と純平が中の話を聞いていた。
いたたまれなくなった沙希がドアを開けた。
「沙希ちゃん……」
「公くん……最後って……どういうこと? 膝がどうかしたの??」

夜の公園のベンチで三人が座っていた。
「手術をすれば治るんだ……ただ、今の半分くらいしか力は出せなくなる」
公が話し始めた。
「迷ったんだ。
 サッカー好きだし、手術すれば治るけど……
 もう、全力でボールに飛びつく事もできなくなる。
 走る事もできなくなる……
 そう思ったら……今年で最後だし……最後なら全力の自分を試してみたくなって……」
沙希と純平はただ聞くだけだった。
「それと、自分の心と、そして沙希ちゃんの瞳に焼き付けておきたくて……」
「公くん……」
「幸い、痛み止めを使っていればしばらくはなんとかもつ、って医者に言われたんだ。
 ……みんなには内緒だよ。
 最後までもたないかも知れないけど……明日は……最後だから……
 勝っても国立競技場には行けないけど……ここまで来れて……
 新田と、全国ナンバーワンチームと試合ができるんだから……」
公の瞳には涙があふれていた。
「勝ちたいな……」
ポツリと公が言った。
ガバッ
沙希が公に抱きついた。
(沙希……)
純平はただ見てるだけしかできなかった。
「勝てるよ……」
沙希が言った。
「絶対に勝てるよ……」


夜道を沙希と純平が家に向かって歩いていた。
「純……」
沙希が純平に言った。
「勝たせてあげてね……お願いだから……公くんに……」
(勝たせて……か……)
「お願い……純……」
沙希の目からは涙があふれていた。
(沙希……お前が泣くのを見るのは……何年ぶりかな? やっぱりお前は公の事……)
「沙希……」
「??」
「なんでもない」
純平はそう言ってごまかした。内心では、
(俺のために泣いてくれた事あったっけ……)
と思っていたのだが……
「純……」
「わかってるよ……」
(沙希、俺のためには泣かなくていいよ。
俺は沙希にはいつも笑っていて欲しいから……
だけど……だけど純平……お前は本当に沙希を……沙希を諦められるのか?)

次の日。決勝前日。
「よーし、練習終わり」
純平が練習の終了を告げた。
「どうした? いつもの半分以下じゃないか?
 学校の配慮で今日はギャラリーもいないのに……」
そう言う部員を純平が部室へ追いやった。
「明日が試合なんだ。無理すんな……ほら帰れ帰れ……」
怪訝そうに引き上げる部員に純平がさらに言った。
「いいか、ぐっすり寝てベストの体調にするんだぞ! 明日は勝つんだからな!」
なおも残っている沙希にも言った。
「お前も帰れ」
「え?」
「いいから帰れ」
「沙希ちゃーん! 沙希ちゃんが着替えてくれないと僕ら入れないよ」
そう言う部員に沙希は仕方なく部室へと走って行った。


「明日だな……」
純平は残った公に話しかけた。
「膝、大丈夫か?」
「ああ」
「そうか、なら……PKやろう」
「え?」
「一本勝負だ」
純平の言わんとするところを公は理解した。


純平はペナルティスポットにボールをセットした。
(これで……本気で勝負して……それでも負けたら……沙希を諦める)
「行くぞ、公!」
ビシッ
乾いた音を立ててボールはゴールに向かった。公は横っとびにボールに向かった。
「ぐっ……」
すさまじいボールの勢いに押されたが、公は必死でボールを両手に掴んだ。
(止められたか……やっぱり俺は公にはかなわないか……)
クルリと振り返ると純平は歩いて行った。
「明日は、必ず勝とうな、公」
「純平……」
純平が行くのを見ていた公はふと自分の体を見た。
ボールの勢い押された自分の体は、ゴールラインを越えゴールの中に入っていた。
(体ごとゴールラインを割っている……純平、この勝負は僕の負けだよ……)


純平が校門の所に来ると沙希が立っていた。
「なんだ、待ってたのか?」
「公くんとなにしてたの?」
「別に……大した事じゃない……公もすぐ来るよ」
そう言った。そして……
「それより……明日は……必ず、公に勝たせてやるからな」

to be continued...

作品情報

作者名 ハマムラ
タイトルヒーロー!
サブタイトル第7話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/ヒーロー, 虹野沙希, 主人公, 神島純平, ほか
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感想投稿最終日時2019年04月14日 19時42分42秒

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