「ない……」
未緒は部屋の中を探し回っていた。
「ここにも……ない……」
未緒の部屋は泥棒が入ったのかと思われるほど乱雑に散らかっていた。
机の引き出しは引き出され、本棚の本は全部棚から引き出されている。
タンスの引き出しも引き抜かれ、衣服や下着が床一面に散らばっている。
「どうしたらいいのでしょう……」
未緒は3年前を思い出していた。
その日、雨の日曜日。
未緒は図書館で本を読んでいた。
今日読んでいるのは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」だ。
未緒はこの作品はもう何度も読んでいる。しかし今でも年に数回は読み返す。
それほど気に入っている作品だ。
朝からずっと読んでいたので文庫本の頁もあとわずか。
未緒は名残を惜しむように読んでいた。
最後の頁を読み終えると、
「ふー……」
息をついて頁を閉じた。
「賢治は何度読んでもいいですね」
独り言を言いながら、本を元の場所に戻そうとして席を立った。
その時、
「すいません……その本……もういいですか?」
声をかけられ未緒は驚いた。
顔を上げると向かいの席に座っている男がいる。
「あの……」
「あ、やっぱり覚えてもらってませんか。仕方ないかな……」
未緒はその男に見覚えがあった。
文芸部の新入部員の自己紹介の時に未緒の向かいに座っていた男だ。
名前を思い出そうとした。
「主人……主人 公さんでしたっけ?」
「あ、覚えてもらってたんだ。光栄だな」
「そんな。あの時と同じ向かいの席ですから」
「あ、そういえばそうですね。
もっとも、僕は幽霊部員であの後は顔を出していないから……」
「そうですね。部長が怒ってましたよ。『主人は籍だけ置いておくつもりか』って……」
「ははは……」
「あ、この本……読まれるんですか?」
「借りようかな……と思ってるんですが……」
「では、どうぞ」
未緒は文庫本の「銀河鉄道の夜」を公に渡した。
「賢治はお好きですか?」
公が未緒に声をかける。
「そうですね。好きです。『イーハトーブ』も、『注文の多い料理店』も……でも私は『永訣の朝』が一番好きです」
「あめゆじゅ、とてちてけんじゃ……ってやつですね」
「ええ」
「折角ですから、ちょっと話しませんか? 地下の喫茶店で、ここでは何だから」
そう言って公は回りを見回す。
きらめき市の図書館なら日曜なら人が多くって、スーパーのような賑わいだが、ここは県立図書館の読書コーナーだ。静まり返っている。
家からはちょっと遠いが、静かに読書ができるので未緒は大抵ここの図書館を利用する。
ましてや今日は雨。
人は少ないが、その分静かに本を読む人が多い。
「ええ、いいですよ」
二人は地下の喫茶コーナーに降りていった。
「どうして部に顔を出さないのですか?」
未緒はさっそく公に尋ねる。
「僕はね、籍は置いてあるが、ちょっと違う意味で文芸部には馴染めないんです」
公が答える。
「どうしてですか?」
「あそこでは、既存の作家の研究や、解読が中心となっている。
僕はそう言うのがやりたくて文芸部に入ったんじゃないから」
「では、何を?」
「創作です」
「小説を書かれるんですか?」
「ええ、目標は植木賞です。在学中に取るつもりです。
……如月さんは創作しないのですか?」
「あ、私は……小説はちょっと……でも詩なら……」
「いいですね。詩を書くのですか。
じゃ、二人で雑誌を作りませんか? 僕の小説と如月さんの詩で」
「面白そうですね」
「既存の部活何かより面白いと思いますよ」
「そうですね」
公の言葉に未緒はどんどん引き込まれていった。
それから公は頻繁に彼の書いた小説を見せてくれた。
彼の小説には人間の悲しさ・弱さ、そして愛や憎しみが見事に描かれていた。
未緒も自分の詩を公に見せるようになった。
公は未緒の詩を読んで的確に評価してくれた。
だから遠慮なく未緒も公の小説に自分なりの評価を下した。
こうして日が過ぎるに連れて、公と未緒はお互いに相手をかけがえのない人と思うようになっていった。
ある日、公が未緒を伝説の樹の下に呼び出した。
「主人さん……なんでしょうか? 用事って……」
「これ、僕から君へのプレゼント」
そう言って公は栞をを未緒に渡した。
それは四つ葉のクローバーの押し花が使われた栞だった。
「僕のとお揃いです。
今年の春、四つ葉のクローバーが二つ並んでいるのを見つけたんです。
だからそれを押し花にしました。お互いに一つずつ持っていましょう」
未緒は今までにもらった何よりもこの栞が嬉しかった。
そして今、本当に自分は公が好きだと言うことがわかった。
「ありがとうございます。一生、大事にします」
それから未緒は本を読むときはいつもその栞を使った。
その栞を挟んで本を読むと公と一緒に読んでいるような気がしたからだ。
「お互い、卒業するまでこの栞を使って本を読もう。
それで、卒業するときに、お互いの栞を交換しよう」
公はこうも言ってくれた。未緒は公人と指切りをして約束した。
…………卒業の時、伝説の樹の下で……
と……。
「ない……ない……」
未緒は探し回った。
しかし栞はどこからも出てこなかった。
「どうしよう……明日は卒業式なのに……」
未緒は悩んだ。そして決意した。
(明日、彼に謝ろう……多分許してもらえないだろう……でも、精いっぱい謝ろう)
未緒は公の机に入れる手紙を書き始めた。
「伝説の樹の下で待ってます」
それだけを書き記した。
卒業式が終わって、未緒が樹の下で待っていると公が走ってきた。
未緒は覚悟を決めた。
「如月さん……あんな手紙書くんだもん……びっくりしたよ……」
「私とわかりましたか?」
「如月さんの字を何度も見ているんだ。すぐにわかったよ」
「あの……私、謝らないと……」
「え? 何を……?」
「主人さんとした……約束のことです」
「………………」
公は未緒をじっと見ていた。
「私……主人さんからもらった栞を失くしてしまいました。すいません」
未緒は頭を下げた。
「主人さんとあれほど約束したのに……私……私……」
その未緒の目の前に栞が差し出された。
その栞には「M.K.」とイニシャルが書かれている。
「あ……」
「如月さんの栞でしょ」
「どうして……それを……」
「年末に如月さんから本を借りたでしょ。あの間に挟まっていた。
昨日気づいたんだ。
1月に植木賞取ってから忙しくって……本を開く暇がなかった。ゴメンね。
もっと早く気づいていれば良かったんだけど……」
「よかった……私もいけなかったんです。本の間に挟んだままにするなんて……」
「いいよ、もしかしたら……この栞……一日も早く僕の所に来たかったのかも知れないね」
「主人さん……」
「さぁ、栞を交換しよう」
「待って下さい」
「え?」
「交換する前にすることがあるんです」
「何?」
「この樹の伝説を信じたいんです。改めて……」
そう言うと公に返してもらった栞を胸に抱いて未緒は公の方を向いた。
「すみません。失礼だとは思ったんですけど……どうしてもあなたに……」
未緒は公に話し始めた。
伝説の樹の下での告白によって生まれたカップルがまた一組誕生した。
作品情報
作者名 | ハマムラ |
---|---|
タイトル | ときめきメモリアル短編集 |
サブタイトル | 約束の栞 |
タグ | ときめきメモリアル, 藤崎詩織, 主人公, 他 |
感想投稿数 | 162 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月17日 01時17分54秒 |
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