伝説… [ときめきメモリアル短編集]

終業のベルが鳴った。

優美は机の中の教科書を鞄にしまうと教室を出た。
「優美〜、マック寄ってかない？」
友人の今日子が声をかけたが、優美の耳には届かなかった。
（はぁ……）
大きなため息をつくと優美は校舎を出ていった。

（伝説の樹か……）
優美は伝説に樹の根元で座っていた。
（先輩……元気かな……元気だよね……）

早乙女優美、きらめき高校の３年生だ。
２ヶ月半前、憧れの先輩・主人公に告白すべく卒業式の日に先輩の机の中に手紙を入れ、伝説の樹の下で待っていた。

しかし……公は現れなかった。
次の順番の生徒が現れた気配がしたので、優美は伝説の樹の下を後にしたのだった。

（先輩のいない誕生日か……）

伝説の樹の下に主人公は現れなかった。
その後、兄の好雄から公が幼なじみの藤崎詩織と同じ一流大学に進学したことを聞いた。
（藤崎先輩じゃ……優美、敵わないモンね）
優美は膝を抱えて座ったまま昨年の誕生日を思い出した。
（先輩……闘魂ヒストリー大全をくれたんだよね）
先輩がプレゼントしてくれたことが嬉しくて、優美の部屋の本棚には今もそれは特別の物として置かれている。
（その前の年は……チチビンタリカ変身セットだったんだ……）
公はどこで調べたのか優美の好みをよく把握していた。
どちらも優美が欲しくて仕方なかった物だった。
（今年は…………仕方ないよね…………だって先輩は………………藤崎先輩と………………）
バスケットボール部の１年先輩の詩織は同性の優美から見てもすてきな女性だった。
優美も詩織のような女性になりたいと常々思っていた。
その詩織が相手なら仕方ないのだ。詩織だったら……諦められる。
優美はこの２ヶ月半、そう思うことで自分を慰めてきていた。

「優美ちゃん？」
突然声をかけられて優美は顔を上げた。
「ぬ、主人先輩！」
そこにいたのは公だった。
「先輩！ どうしたんですか？」
「ちょっと、職員室に相談があって……
　優美ちゃんこそどうしたの？ こんなところで……」
「いえ、なんでもないんです。それじゃ……」
優美が立ち上がろうとしたとき、公が言った。
「思い出すなぁ……伝説の樹……」
ビクン
優美は肩をふるわせ、立ち止まった。
「先輩…………ひどいです…………優美の気持ちを知っていて………………」
「どうしたの？」
「どうしたじゃないです！
　優美……優美……ずっと待ってたのに！」
「ちょ、ちょっと……なんのこと？ わかんないよ！」
「優美……先輩の卒業式の日に……ずっと待ってたのに……先輩……」
「卒業式の日……って、優美ちゃん、もしかして手紙くれたの？」
「ほら……やっぱり知ってて優美をからかったんだ……」
「ちょ、ちょっとまって……それじゃ、あの手紙は……」
「優美……ずっと待ってたのに……」
優美は抗議をした。
「ちょっとまってよ、優美ちゃん、教室のどの机に手紙を入れたの？」
「先輩の机です！ 決まってるじゃないですか！」
「間違いない？」
「間違いないです！」
「でも、俺の机には手紙なんて入ってなかったよ。
　……だいたい、オレ、卒業式の日に誰からも告白されなかったもの。
　好雄と寂しく帰ったんだぜ？」
「でも……でも……」
優美は混乱した。
（誰からもって……主人先輩は……詩織先輩に告白されたんじゃなかったの……？）

「俺の机って……どこにあった？」
突然公が優美に尋ねた。
「えっと…………」
優美は記憶をたどった。
「一番後ろの……窓から３番目！」
「ほら……やっぱり……」
公はにっこり笑った。
「俺の机って……窓から２番目だよ」
「え！！！」
「おかしいはずだよ。そこって女子の席だモン。
　彼女、不思議そうにして『一応行ってみる』って言ってたけど……
　じゃ、アレが優美ちゃんの手紙だったんだ……」
優美は自分の後に現れた女子生徒を思いだした。
（あの人……確か……３年Ａ組の……それじゃ……）
「優美ちゃん……」
「わたしって……ドジだな……机間違えるなんて……」
優美は涙でベショベショになった顔を上げて笑って言った。
「あの……先輩……」
「何、優美ちゃん……」
「お願いがあるんです」
優美は公を見上げて言った。
「来年の……優美の卒業式の日に……ここで待っていてくれますか？」
「え？」
「今から予約しておきます……いいですよね……今度こそ間違えませんから……優美、絶対に……」
「優美ちゃん……」

９ヶ月半後の３月１日……伝説の樹の下で１年遅れのカップルが誕生する……予定である……