それから一月経って俺達は一緒に大学の校門をくぐった。
散り始めた桜の花と春霞で、ぼやけて見える街並みが白くて綺麗だったよ。
あれから君は変わったみたいだね。
俺と一緒にいる時間は確かに増えたかも知れないけど、
なんだか無理しているみたいだった。
わざわざ毎日ように東京まで行って、いろんな打ち合わせをしているみたいなんだ。
俺の口出しするようなことじゃないんだから、俺は何にも聞かなかったけど、
君は初めて見るその世界に目を輝かせていたね。
そして君は俺に帰る場所を求めていたみたいだった。
俺はその期待に応えるため彼女をそっと見つめる、そんな日々を送っていたんだ。
彼女は俺のものなんだ・・・そう俺は思い込んでいる節もあったのかも知れない。
彼女はまだデビューもしていなかったから当然仕事なんて無かった。
俺と違う世界に居る彼女を独り占めしている、そんな感覚を味わうことによって
俺もまた満足感を得ていた、これも否定できない。
だから入学式の帰りデビューが決まったことを知らされたときは、驚いたよ。
いや、こうなることは分かっていたんだけどさ、
いざとなると俺も人間が小さいんだ、やっぱり何て言うか失望と嫉妬を混ぜたような
感情が俺の胸の中で渦巻いたみたいだった。


彼女をブラウン管の中で見るようになったのはそれから何カ月か後のことだった。
化粧品関係のCMだったと思う。
意味のない音楽をバックに従えて、彼女が宣伝行為をするという
何の変哲もないCMだった。
けれども、そのメーカーがゴールデンタイムにスポットCMを流したんで
彼女の存在は静かに知られるようになったようだ。
今日もまた、ブラウン管の向こうで彼女がブラウン管の外に向かって微笑んでいる。
手を伸ばしても届かない彼女は誰に微笑んで居たんだろう・・・。


「ねぇ、今日空いてるかな?」
前の日にあれほど小さくガラスの向こうに居た君が、そう声を掛けてきたんだ。
俺は吹き出したくなるような違和感を抑えながら君に従った。
歩きながら、まるで高校時代のようにどうでもいい話が出来たね。
俺は君との間になんら変わりがないことが確認できたみたいで、
それだけで満足だったんだ。
駅前のデパートの一階にある化粧品売場で、
君のリップを選ぶのに付き合ったんだと思う。ふと横を向いたらさ、
君が空調に揺られながら天井からぶら下がっていた、もちろん厚手の紙に印刷された
化粧品会社のキャンペーンも看板だったんだけどね。
ここの「彼女」はいったい一日にどれくらいの他人に微笑んでるのかなって
ちょっと戸惑ったな。
俺の横にいる君は「世界で一番」俺を好きだと言ってくれた。
君の微笑みを独り占め出来るんじゃないかって、俺はあの時嬉しかったんだ。
それがさ、彼女はこんな所にも居て、いや、恐らく日本中の同じ様な店の中で
同じ微笑みを浮かべてるんだろう?
俺は微笑み掛けられる見たこともない奴等に嫉妬して、
「そういえばちょっと詩織もぎこちないよな」なんて一人で勝手に思いながら、
隣に君が居るという事実を持ってそいつ等に優越感を持った。
全てはそう、君が俺のものだっと信じていたからなんだ。


あの化粧品のCMをこなして以来、君の元には
ずっと多くの仕事が舞い込んできたようだったね。
そんなこと俺に話さないでも良いのに、雑誌のグラビアの話とか、意味のない対談の
感想とかさ。でも、そんなこと聞けるのは俺だけなんだろうから、
それはそれで楽しかったよ。
本屋に行くとさ、写真週刊誌を立ち読みしている奴の視線が君に熱く注がれていて
今にも食いつくんじゃないかって下らないこと考えながら、
そういえばそれの撮影の時アシスタントがとんでもなくデブだったらしいな、なんて
詩織から聞かされたもっと下らないこと思い出しちゃったりして、
なんだか虚しくなったよ。
それにさ、高校の頃の俺の中の詩織なら絶対にしないような格好をして、そいつ等に
微笑んでいたんだぜ、俺はその笑みが冷笑だと信じていたかったんだけどね。


君がラジオに出ると聞いて、普段聞かないラジオを引っぱり出して、周波数とか言う
ものを必死に合わせてみたんだ。
知らなくてもいい話を早口でまくしたてるパーソナリティがリスナーから送られる
FAXの合間に君を紹介したね。
彼は君が大学に行きながら芸能生活を送っていることを一通り褒めた後、
またお決まり通りにこう聞いたんだ
「でさ、彼氏とか居るの?」
俺の自己満足を強烈に呼び起こしてくれるような質問に
俺は踊り出すくらい心が弾んだんだ。そしたら君、何て言ったと思う?
「いえ、まだそういう人は・・・」
そんな言葉に俺は奈落の底に落とされた気分になったんだ。
また高校の時のように、すれ違っている2人になるのかな・・って。
どうせ事務所かなんかの意向なんだろうけどさ、俺を無視してまで
君をしばれる存在が有ることにようやく気づいたんだ。バカだろ、俺って。
そしてさ、君が家に帰ったことが分かってもこっちから電話しなかったんだ。
なんだか君の声を聞くことが恐くてね。
でも明日になるとどうせ顔を合わせなくちゃいけないんだよね。
俺は代返の相手を物色するため受話器を上げたんだ。
そんなことはただの口実でさ、こうすれば君から電話がかかってきても大丈夫、
そんなつまらないことだったんだ。
でもさ、今の電話って良く出来てるよね、人と話してる間にも呼び出し音を
ならせるんだから。
ボタンを押して切り換えてみたら案の定君で、申し訳なさそうに俺に謝ったよね。
君にそう言われるとこっちもしょうがなくてさ、
別に何も聞かないで彼女を許したんだ。
俺も気が張ってたんだろうね、君の電話が終わったら待たせているヤツが居ることも
忘れちゃってさ、そのまま電話切っちゃったんだ。次の日そいつカンカンだったぜ。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜詩織編
サブタイトル第2話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜詩織編, 藤崎詩織
感想投稿数37
感想投稿最終日時2019年04月11日 14時03分00秒

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