「私ね、歌が出るの」
大通りを一緒に歩いているときに君からそう聞かされたね。
別段それは大したことじゃないように思って俺は軽く聞き流した、
だって「アイドル」と呼ばれるような人間なら適当に人気が出たら
歌を出すのは常套手段だからさ、ただそれだけで、俺は別に「君が歌う」それ以上の
感動は無かったんだ。
しばらくして彼女は俺に今度歌う歌の歌詞を見せた、
内容は、これを詩織が書いたと言われたらIQが40程下がったんじゃないかと
疑われるような情けないやつだった。
でも俺は君に余計な心配を掛けまいと、ふーん、とただ一言言っただけで
それ以上は何も言わなかった。
どうやら君はその態度が不満だったらしくて不機嫌になったね。
でも俺の感想は本当にそれだけだったんだ、もちろん君が一生懸命やっていることは
頑張って欲しい気持ちは持っていたけどね。
しばらくしてメロディーのデモテープも聞かせてくれたね、これがまたつまらない
曲でさ、刺激もなければ冒険もない、
要はちょっと激しく聞こえるだけの駄作だった。
これに私が歌をいれるの、と君は言って目を輝かせた。
そんな君が遠い存在に見えてなんだかやるせなかったよ。


丁度ラジオは真冬のリサーチ期間で、君はその歌を宣伝するためにいろんな
番組に出ていたね。
以前、君がラジオに出たのがきっかけで俺もラジオを聴くようになったんだけど、
他の馬鹿アイドルどもに比べて君は声だけでも色褪せること無かった、
それは保証したぜ、さすが詩織だ、ってね。
スピーカーの向こうの君は相変わらず愛らしくて、まるでラジオというものが
君の化身になって俺の隣に座って居るみたいな錯覚にとらわれたりした。
そしてその肩に手を乗せようとしたときいつも君のあの歌が流れて来たり
パーソナリティの大声で白けさせられたりした。
まるで君が俺の腕から逃れるように感じて・・・。


君のその歌だけど、セールス的には成功しなかったみたいだね。
アイドル系の歌なんてそうそう売れるものじゃないことは分かっていたけど、
君はちょっと寂しそうに見えたよ。
でも、君のその夢を見ているような声は確実に人をとらえたようだった。
巷の評価は大抵、君のことを「夢見る少女」と呼んだね。
俺はそれを聞いてちょっと複雑な気分になったんだ。
だって君が夢を求めるのならば、俺の存在って何なんだろう?
君は俺に求められないものを夢として見るんだろうか?
だったら俺は君の側にいる資格なんて無いんじゃないかな。
俺はそんな疑問の答えを知りたいという気持ちが次第に高まっていった。
でも君はだんだん忙しくなって、そんな俺の下らない話なんて聞いているヒマなんて
無くなってきていたんだ。


それからまたしばらくして、彼女はゴールデンタイムの連続ドラマの出演を
勝ち取った。
オーディションの合格の連絡が入ったときには一番先に俺に伝えたみたいだ。
嬉しがる受話器越しの君を想いながら俺の心の中では風速50メートルのため息が
渦巻いていた。
彼女が順調であればあるほど俺の腕の中から彼女は逃げて行ってしまう、
確信はなかったんだけどさ、そんな風に思っちゃったんだよ。
でも、あの頃はまだ無邪気に伝説とか信じていたしね。
2人の距離を埋める何かを求めて、俺は少し悩んだりもしてたんだぜ。
それがないんだったら伝説にも見放されたって事だからね。
それからの彼女は「多忙」という言葉がぴったりと言った感じだった。
真面目な彼女は極力大学の方にも顔を出していたし、講義が終わると
タクシーで撮影現場に直行だった。だから俺と顔を合わせる時間すら無かったんだ。
俺の部屋から見える彼女の部屋の明かりが点るのが、
午前二時過ぎる事なんてざらだった。
そりゃ、彼女の体のことは心配だったさ。でも、彼女の好きなことに彼女の若さを
使ってるんだろうな、って思ったら俺も何にも言う気がしなくなって、俺は静かに
彼女を見守ることに決めたんだ。


彼女の役柄は、キャラクターに見合ったものだった、って言うべきなのかな。
清楚で知的な彼女は、演技力を除けばベテランの若手俳優に一歩も引かない
インパクトを視聴者に与えたというもっぱらの批評だった。
ただ、主人公達の恋の障壁役という一種のスケープゴードを引き受けたことが
貧乏くじと言えば貧乏くじだったんだろう、彼女は多くの好感を与えた代償として
アンチ詩織という層を作り上げたことも確かだった。
何はともあれ彼女はそのドラマによって今までとは比べものにならないほど
芸能人としての知名度を上げるに至った。これは誰しもが認めることだろう。
そう、以前「私を見つめて欲しい」と俺に頼んだ彼女は、
確実にその数を増やしていったんだ。見つめなきゃいけない対象が多すぎて、
ちょっと戸惑ったんだけどね。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜詩織編
サブタイトル第3話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜詩織編, 藤崎詩織
感想投稿数38
感想投稿最終日時2019年04月10日 01時48分46秒

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