久々に君と街を歩こう、って約束した日、俺は胸を躍らせながら待ち合わせ場所
に急いだ。そこに居た君は・・・俺の心臓を数秒間止めるのに十分な姿だったね。
君の綺麗だったあの長い髪は薄く染められて痛々しいほどに痛んでいたよ。
君が俺に気づかないで居る姿を眺めながら、
彼女が俺にどんな理由を話そうと考えているのか、そればっかりを考えて、
それを聞くのが怖くて、俺は君から目をそらした。
高校の頃、彼女の髪に抱いた憧れが一気に壊れていくような気分にとらわれてさ、
俺の想いの象徴が一つ失われた、って大げさかな、とにかく泣きたいような
気持ちだったんだ。
でもさ、考えてみれば彼女が変わったのは髪の色だけなんだし、俺が好きなのは
彼女の髪だけじゃないわけで、例えそれらの中の一つが失われてしまっただけで、
俺が彼女を嫌う理由にはならないんじゃないか、そう考えてさ。それにあの髪だって
これから好きになるようにすれば良いんだ。と思うと心がようやく救われた気分に
なって、俺は君の前に姿を現したんだ、30分の遅刻だったね。
君は俺に話しかけられないと口を開かなかったよね。やっぱり髪のことは
彼女も決して無関心じゃなかったんだろうね、神経質に脅えているようでさ、
なんだか俺の隣に居ることがたまらない苦痛に見えちゃったんだよ。
やっぱりさ、俺も馬鹿じゃないんだから気に障ることは聞かないで置こうと思ったん
だけど、やっぱり俺の中でどうしても聞きたいっていう無神経な俺の方が
勝っちゃって、心の中で、ゴメン、って言いながら聞いちゃったよ。
そしたら何て言った?
「ドラマのオーディションがあるの」
・・・・そうか、俺はいくつか大変な思い違いをしていたんだ。
彼女がドラマに追われる機会はあれだけじゃ済まされないんだ、俺が彼女に終わりを
求める気持ちがあったことに気づいた。彼女のことなのにね。
それ以上に俺は彼女に働く「思い出を捨ててしまえるほどの力」を痛いほど感じた。
前から思ってたんだけどさ、彼女は俺の中では何よりも大切なんだけど、俺は彼女の
中では一番大事じゃないかも知れない。
でもさすがに彼女は俺のことを良く知っててさ、俺がそんな表情を見せると
間髪を入れずにこう言ったね
「私が一番大事なのはあなた、だからあなたを失うことが一番怖いの。
他のことは分かってもらえなくても、それだけは分かって欲しい」
頷きながら俺はその言葉の裏を探っていた、以前の俺なら詩織の言葉の裏側なんて
考えもしなかったのにね。
でもさ、考えれば考えるほど俺も怖くなってさ、目を閉じ頭を振って忘れようと
したんだ。バカになるほどね。


俺と詩織の間にとってかつて無い激しさの一年はいつの間にか過ぎていた。
俺も大学がだんだん忙しくなってきたし、彼女は仕事に追われて俺とすれ違うように
なってきた。
彼女はまたドラマに出てますます地位を築いた。
それと共に彼女のファンと名乗る人間も一年前とは、
想像も付かないような数になっていた。
ある日のことだ、俺はたまたま駅前のちょっとした公園のベンチに腰掛けていた。
なんだか大きな声で騒いでいる連中が居たんで、そっちの方を見たんだ。
そしたら2畳分くらい有るようなでかい布に詩織の似顔絵とおぼしきものを描いて
その脇に
「S・H・I・O・R・I・・O・U・R・・A・L・L・・L・O・V・E」
ってデカデカと書いていた。
そしてはその集団のリーダーとおぼしき長髪の男が叫んだ
「俺達は詩織だけ愛するんだぁぁぁ
We Love S・H・I・・O・・R・I!!
エル、オー、ブイ、イー、し、お、りっ」
それに続けて他の奴等も同じ様な台詞を叫んだ。
決して届くことのないメッセージは空に吸い込まれるように消えていった。
俺は哀れむような視線を彼等に目を合わせないように送った。
誰が何と言おうと彼女の心の何割かを俺が占めていられるだけ、俺は彼等より
彼女に近いんだってね。
でもさ、丁度その時思い出したんだ、彼女が俺と違う道を選ぶことを告げたとき、
彼女が言った台詞を。
「夢を与えたい」
在り来たりの台詞を俺に告げた。
その理念は今彼等に対しては実現してるんじゃないのかな?
あいつ等は詩織という存在がメディアに現れなかったら、
今、この瞬間何をしているだろう?
一人暮らしのアパートの薄暗い部屋の中で付けっぱなしの昼メロドラマを
見るわけでもないのに眺めていたり、勝手に作ったハードルを飛ぼうと意味もなく
挑戦しているだけかも知れない、いや、詩織という存在がなかったらあいつ等も、
存在してるんだろうか?
少なくともああ言った形で、俺の目に留まることもなかったんだろうな。
それとも他のことに対して情熱と若さと金をつぎ込むだけかも知れないよな、
そしたら詩織っていう存在も何なんだろう?
・・・・考えすぎだよな、彼女の存在に俺が異議を唱えるなんて。


その晩、彼女の部屋に明かりが点った所を見計らって電話を掛けた。
やっぱり昼間のことが心に残ったんだ。
深夜の電話に出た君の声はいつになく硬くて、俺は驚いたよ。
疲れて居るんだろうね、申し訳なくって手短に用件を伝えようと思って
昼間の奴等の空に消えたメッセージを伝えてやったんだ。
そしたら君の反応はまたまた俺を驚かせたんだ
「うれしいな・・・」
え!?ちょ、ちょっと待ってくれよ。それは俺が悔しいよ。
俺が何年間君を想い続けて、ようやく君への想いを君が喜んでくれるように
なったと思ってるんだよ?
なんだかさ、俺もそれで白けちゃって、後は適当に話して電話を切ったね。
そして俺はつぶやいたんだ
「約束違反だよな・・・」
卒業の日の言葉を思い出しながらそんな台詞を、さっきまで君の声を伝えていた
電話に向かって吐いた。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜詩織編
サブタイトル第4話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜詩織編, 藤崎詩織
感想投稿数38
感想投稿最終日時2019年04月10日 06時25分33秒

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  • [★★★★★☆] すみません とりあえず一気に読んでから感想を書きたいと思います。
  • [★★★★★★] アイドルらしくなって行く詩織・・・離れて行く詩織・・・