あの日の一件で、少しは以前の俺達に戻れたような気分に浸れたよ、
少なくとも俺の存在とか彼女の存在とか、そんな下らないネガティブな事は
水に流しても良いんじゃないかって、そう思えてきたんだ。
例のドラマの挿入歌として歌っていた彼女の歌を収録したCDが
リリースされたのは、年末の番組改編の直前、つまりあのドラマの終了間際の
事だった。今度の当たりは凄かった、師走の街を彩る音楽の一つが
彼女の歌がだったんだ。以前のシングルCDの時の彼女とは違うんだぞって、
彼女の力を見せつけるのには十分だった。もちろん俺もそんな力を感じた。
目覚めようとしているとき、内側から発する光が満ち溢れるような彼女の姿を
年末番組で良く見掛けた。
夥しい量の光の中から浮き上がった彼女がカメラに向かって手を振るのを
俺は心の中にわき上がった大喝采で迎えた。
その時にいくらテレビの中のギャラリーが黄色い声を上げようと、俺には
関係なかったんだ。
でも、そんな有頂天の俺はまた見落としてたんだ、彼女が微笑み掛けている
対象も、俺がジェラシーを感じていた時なんかよりはるかに増殖してるって事を。
バカ騒ぎの年末番組がいつしか正月番組と名前を変えていた。
流石に彼女と一緒に初詣なんて出来っこなかったけど、高校時代の俺達が毎年行った
あの神社で詩織とのことを願った。
それから、今年初めから始まる彼女初めてのツアーの時の健康も願っておいた。
家に帰ってみると、親父が見ていた番組に彼女が出ていたんだ。
明治神宮の混み具合をレポートするってあの役で。
意地悪い気持ちを持ちながら見続けていたらさ、いきなり数人の男が君の前に来て、
「ファンなんです〜」とか言って君に握手とかサインとか求めたんだ。
でもさ、明治神宮だぜ、そんな混雑しているところで男共が固まって見ろよ、
不快指数200%だろ、案の定周りから罵声が飛んできてさ、君は困った表情を
カメラに向かって訴えたんだ、そしたらテレビ局のコンソールのヤツいきなり
スタジオのカメラに切り換えてさ、画面を相変わらずの下らない笑いの世界に
変えていったんだ、あたかも何もなかったようにね。
そしてしばらく経ったらまた彼女を大写しにしてさ、スタジオのヤツに声を
掛けさせたんだ「大変そうでしたけど、大丈夫でしたか?」だとさ、
わざとらし過ぎるんだよ、笑わせてくれるぜ全く。
その日遅くに帰り着いた彼女に新年の挨拶も兼ねて電話を掛けたんだ。
どうやらあのファンとか言っていた奴等、結構きつい台詞を吐いたんだってさ。
彼女それがショックだったらしくて、最後の方ちょっと涙声だったぜ。
そういえば彼女のラジオ番組も好評で、時間枠が拡大されたんだ。
そしたらさ、彼女の番組にファンを名乗る人間がものすごい量のハガキを送って
来てさ、てんやわんやなんだったんだって。
でも彼女が読むハガキを選ぶのは放送作家とディレクターで、放送前に目を
通すハガキなんてわずかって話だぜ。
そういう話を聞かされたからかな、俺は一枚のハガキにカチンと来た。
その日も俺は、時間通りにラジオの前に座って耳を傾けていた、
彼女の声に包まれるように、音に身を委ねていたんだ。
いつしかお便りのコーナーになって彼女は選ばれたハガキをおもむろに読み出した。
『こんばんわ詩織ちゃん』
「はいこんばんわ〜」
『僕って結構前から藤崎さんのファンなんですけど』
「ありがと〜う」
『この間とある雑誌のグラビアに載っていた髪をアップにした詩織ちゃんはもう
最高です!!』
「え、そうかな。ありがとう」
『いつものヘアバンドよりそっちの方が絶対似合うと思うんですけどどうでしょう?』
俺はまた悲しくなった、彼女の中にもランクが付けられていたんだ。
俺は彼女が好きだった、別に彼女がどんな姿だから好きだったんじゃ無かったんだ。
でもさ、君が必死に好かれようとしている奴等は、そんな風にしか彼女を好きに
なれないのかも知れないね。
何で君はそんな人間に向かって一生懸命微笑んでいるんだろう?
俺が素人だからかな、俺には全然分からなかったんだ。
君はそんなハガキにもちゃんとお礼を言って、滞り無く番組を進めていた。
彼女は何にも感じなかったのだろうか?
なんで彼女じゃない俺がこんなに怒ってるんだろう?
そうだ、何にも言わない彼女にも怒りを覚えたんだ。
作品情報
作者名 | 雅昭 |
---|---|
タイトル | 悪意に満ちたSS〜詩織編 |
サブタイトル | 第7話 |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜詩織編, 藤崎詩織 |
感想投稿数 | 37 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 12時37分31秒 |
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- [★★★★★★] 切ないですね・・・。