その夜、君は浮かれた声で電話を掛けてきた。
「今日のコンサートどうだった?」
って、当たり前のことを聞いたね。
すまなかったけど、俺はそんな質問に答えられる気分じゃなかったんだ。
だからさ、そんな台詞を無視してこう訊いた
「会いたいんだ。なるべく早く。早くないとダメなんだ。」
ここ何年間見せたことのない積極さで君ににじり寄った、電話越しなんだけどね。
君も戸惑っていたね。当たり前だよ、俺もあの時はせっぱ詰まった声をしてたんだ。
そして君は次の公演地の大阪に行く前に、一度時間を取ってわざわざ家に
来てくれるって約束してくれた。俺はその日を一日千秋の思いで待ちわびた。


冬の早い夜がもうすぐそこまで押し寄せて来ようとしていた。
約束の時間まで時計の秒針を睨みながら過ごしてたんだ、明かりをつけない部屋には
段々と闇が迫ってきて全てを黒く染め上げた、もちろん俺もね。
全神経を耳に集めてインターフォンの音を待った、その必要はなかったんだけどね、
だって玄関で気配がした途端、俺は部屋を飛び出して玄関の前に立ったんだ。
玄関先に立った君は帽子とサングラスを外して、入るなりドアをそそくさと閉めた。
この間遠目に見た彼女からは、想像も付かないくらい君は小さかった。
俺は何も言わずに彼女を部屋に案内し、そっと扉を閉めて明かりをつけた。
そして勉強机の椅子に腰掛け君の目を見ながら話し始めた。


「この2年間、色々あったよね。
俺は高校の頃から君が好きだったし、
君も俺なんかのこと『好きだ』って言ってくれた。
その直後だったよね、君が俺と違う道を歩むことを俺に語ったのは。」
何か言おうとした彼女を制して俺は続けた
「最初はさ、あんまり大きく考えてなかったんだ。
違う大学で上手くやっているヤツもいるんだし、片方が職に就いていても
上手くやれるヤツは上手くやれているんだ。
俺は同じ事だと思っていたんだ。
他のやつが出来る事なら俺達に出来ないことじゃ無いんだろうって、
それに君は俺に伝説っていう一つの勇気もくれたからね。」
俺はこの先にある話の核心に向かって一つ深呼吸をした
「『見つめて欲しい』って君は言ったよね。だから俺はいつでも見つめてた。
君がそれに応えてくれる気がしたからね。でも君はいつしか
沢山居すぎるようになっちゃったんだ。
高校の時はさ、朝起きて同じ学校行って、部活して、帰って、勉強して、TV見て
寝ていた。君と俺は似たような暮らしをしていたから、
『君は今頃何してるんだろう』って思ってボーっと出来た。
それでも俺は十分楽しかったし、嬉しかっんだ。学校行く途中に昨日見た
TV番組のことなんかをお互い話している時なんて、もう最高の気分だったんだ。
あの頃は君に頼まれなくてもずっと見つめてたんだと思う。
それが今はさ、君と俺は同じ24時間を暮らす人間とは信じられないくらい
違う暮らしをしていて、君の事なんて全然分からないんだ。」
「でも、私はずっとあなたのことを考え・・・・・」
「街でも君の姿を沢山見掛けるようになって、君の過ごした時間の一部が俺に
示された。君はいつでも笑顔をしていたんだ。俺がその前を通り過ぎても
君は笑うことを止めなかった。そして今度は他の奴に君は笑顔を向けていた。
君のそんな笑顔に道行くたくさんの人が惹かれて、いつしか君に恋をしたんだ。」
「恋」という言葉に君は息を呑んだように見えた、
まだ特別な意味を持っていたんだろうね。
「君が一人だけだったら俺も打つ手があったかも知れない、でも君は無数の笑顔を
日本中に振りまいていたんだ。
そして君に恋した人間は、誰かのように君の心を求めてきた。
君はそれに応えようとしたよね、沢山の好きだっていう言葉が君を
綺麗にさせた、俺だって君が喜ぶのは嬉しかった。
でもその頃からだよな、俺に下らない思いが生まれたのは。」
そこで言葉を切ってワンテンポ置いた、そして俺は遂に訊いたんだ
「俺ってさ、君にとってどんな存在なんだろうね」
君は戸惑いもせず、下らない質問をはねつけてやるって顔をしてすぐに答えた
「当たり前よ、一番大事な存在。何度も言ったじゃない」
「じゃあさ、くだらない質問だけど2番も居るんだよね」
「何の事よ?前にあったスキャンダルのこと?あれは何でもないんだから・・・」
「俺は君だけのことが好きだった、でも君は俺だけじゃ無いんじゃないかな」
「きゅ、急に何よ。それに『だった』って。あ、他に好きな人が出来たんでしょ」
彼女は嘲るような表情で答えをはぐらかした。
「そうじゃないんだ。ただ、俺の気持ちを全部君にぶつけても、君から返ってくる
ことは無いんだな、って思ったんだよ。」
「じゃああなたは私を全部受けとめられるの?
私がどんな姿でも好きでいてくれるの?」
「俺はそのつもりだったんだ、君が俺に全部預けてくれるなら、
俺も君に全てを預けるつもりだった」
「なんで・・・なんでみんな過去型なの・・・」
「今はそうじゃないのかも知れないからなんだ。」
「どうして?やっぱり他に好きな人が?」
「違う。ただ・・・君が欲張りだから・・・なんだ」
俺はずっと胸に秘めていたことを一言で済ませた。これだけだったんだ。
君は俺の言っている意味が分からないように、ちょっと首を傾げて
その「欲張り」の意味を求めたね。
君は自分では何も感じていなかったんだ、そんなことが俺をもっと驚かせたよ。
「君はものすごい数を集めているよね」
「何のこと?私、宝石も洋服もそんな集めてないわよ」
「そんなんじゃない、心だよ。」
「心?」
「ああ、しかも君は一度手に入れたら決して失われまいとしてるんだ」
「どうして?どうしてそんなことが言えるの?」
もっともだよな、俺にそんな偉そうなこと言う資格なんてなかったんだ
「涙だよ」
「涙?」
「前にさ、ドラマのことで君、俺の前で泣いたよね」
「ドラマ?・・・あ、あのことね。あの時は悔しかったから・・・」
「そうかな?」
「そうよ、あの時は本当に悲しかったの」
「君は言ったよね、
『キスをしたのはドラマの中の私、ドラマの中の彼が好きだった』ってね。
悲しかったのは『俺の前にいる君』だけだったんじゃないかな」
俺は自分を責めながらそう訊いた、答えを聞くことは辛かった。
けど俺の中の彼女に決着を付けるため、俺の前にいる君の答えが必要だったんだ。
「違う。違うわ!でもどうしてそんなことが言えるの」
君の悲しそうな顔が辛かった、でも俺は目を逸らさずに言った
「ステージの上の君を見たんだ。ステージの上で君は涙を流したよね。
あれはシナリオ通りって感じだった」
「だって、みんなの声援が嬉しかったの」
「ほら」
「え?」
「あの涙だって、客席に応えただけじゃないか。
そしてあの時は俺に応えて涙を流した。
つまり君は他の人間から好かれるために涙を流したんじゃないのか?」
「違うわ、本当に・・・・」
君の声を聞くと決心が鈍りそうだったんだ、だから俺は聞こえない振りして続けた
「『ステージの上の君』は本当に感激したんだろうね。
それだけじゃないんだ。俺の前で君が泣いたとき、俺は嬉しかった。
やっぱり俺は特別なんだって、強烈に思いこませてくれた、でもそれが
君に壊されたんだ。俺はあいつ等と同じなんだってね。
あの時の君は俺にも泣きついてくれたね、でも他のヤツにも同じ事をしたんだ
もし俺に向けてくれていたとしても何千分の1なんだよ、一人の俺って言う存在に
身を委ねたんじゃないんだ。
俺も含めた何千人に包まれるため君は泣いたんじゃないかな。」
「・・・・ねぇ、だからどうしたの」
「だから君は欲張りなんだよ。
あいつ等が君を『好きだ』って気持ちが欲しいんだろ。
そして俺もその中の一人として君のコレクションになった気がしたんだ。」
「あなたが私のコレクションに?待ってよ、だれもそんなこと思ってないわよ!」
「『今ここにいる君』は、だろ。
さっきさ、俺、君のことを『欲張り』だって言ったけど、ゴメン、俺もなんだ。
俺、どんな時でも、どんな君でも
俺のことだけ考えてくれる君が欲しくなったんだ」
「・・つまり今の私を捨てて、芸能界から身を引いて欲しいって事?」
「そんな事じゃないさ、ただ君が他のヤツの気持ちに応えている姿を見るのが
辛くなったんだ。」
彼女は聞き終えるとため息をついてつぶやいた
「あなた、何も分かってないわね」
「え?」
「私はそうしないと、この世界では生きていけないの。
あなたの言うとおりにすると色々失っちゃう事になるから」
俺が言った言葉の幼稚さも認めるけど、君が言った言葉もそれに負けなかったよ。
そして夢見る俺は言ったんだ。
「失う物ってなんだよ、俺だけじゃダメなのかよ!」
「イヤじゃないわ、でも一度手に入れた物を失うのが怖いの、
さっきあなた言ったでしょ、私が欲張りだって、その通りなの、
あなたを失うのも怖い、そしてみんなが居なくなるのも怖いの」
彼女の言葉で分かった。俺達はもう後には引けないんだ。
俺が夢見ていた「もう一度」は彼女にとってあり得ない話ってことを、随分前から
彼女は知っていたんだ。俺が馬鹿だったんだ。
「俺達ってさ」
おもむろに口を開いた、ショックで何も分からなかったけど口走ったんだ。
「思い出だけで繋がっているのかな」
脆いよな、と続けるつもりだった。そしたら君が口を挟んだ
「これからも沢山作っていけるわよね」
あたかも絆がますます強くなっていくことに期待しているみたいだったんだ。
今までさんざん思い出を夢見ることしかできない毎日しか送れなかったのにさ、
これから思い出を作るなんてできるのかよ?
だから正直に言った
「ゴメン、俺自信がないんだ」
「大丈夫よ、2人で力を合わせれば」
・・・何も分かっていないのは俺じゃなくて彼女の方なんじゃないのか?
どうやって力なんて合わせるんだよ、前ほどじゃないけど芸能レポーターだって
うようよ居るんだぜ、会うこともままならないのに、心なんて通じるのかよ。
「今の君とで大丈夫なのかな?」
「私を信じてくれないの?」
「君がもっと増えると、ますます君は俺から遠ざかるんだ。
みすみす俺から離すために君を見守る事なんて出来やしないよ」
彼女はだまった、そして目を伏せて独り言のように小さく言った
「どうして・・・他のみんなみたいに応援してくれないの」
俺は完全にあたまに血が上ったんだ、俺は君のため途方もない時と心を費やしてきた
つもりなんだ。君のことをもっと好きになろうと努力もした、
なのに君は俺を認めてくれないんだ。
しかも君はあの連中と同じ様なことを俺に求めた。
「俺がどんだけ苦労したか知ってるのかよ!
君のせいで友達も信じられなくなったんだ。
君のせいで無くても良い災難が降ってきたんだ。
君のせいでどれだけ俺が悲しくなったか分かるか!
君のためにどれだけ俺が涙を流したか分かるのかよ!
それがなんだよ、君のことを記号か商品としか見ていない連中と同じで居ろだって!
ふざけるのもいい加減にしてくれよ!
そんな人間だったら俺じゃなくても、
どこにだって掃いて捨てるほどいるじゃないか!」
「記号とは何よ!私は私っていう人間よ!
そんな私を好きでいてくれる人もいるの、あなたはどんな私でも好きなんでしょう
だったら私を応援してよ!出来ないならあなたじゃなくてもいいんだから!!」
恐らく君の前で初めて叫ぶ俺の絶叫にもひるまず、君も負けじと言い返してから
部屋を飛び出した。
後で考えたらものすごく酷いことを君に言ったね、けどあれも
胸の中につかえていた心の一部だったんだ。
でも君は俺にそういうことも求めてたことは初めて知った。
君の求めることは俺がいやがった何千分の1になってくれって事だよね。
彼女が俺を好きなのと同じように他のヤツを好きでいる姿は見たくないんだ。
もう君に応える事なんて出来ないかもな。
彼女の出ていく間際の「あなたじゃなくてもいい」って言葉が妙に耳にこびりついた。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜詩織編
サブタイトル第9話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜詩織編, 藤崎詩織
感想投稿数37
感想投稿最終日時2019年04月09日 15時09分07秒

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  • [★★★★★★] 話が難しくなって来ましたね。変わって行く彼女、変われない自分・・・。擦れ違いって、辛いですね。