新しい暮らしを始めよう、そう思い立った。
君の心から遠く逃げたくなったんだ。
どこから手を付けようか、とにかく君に会わない暮らしが欲しくなった。
君が居るとまた傷つけ、傷ついてしまう。だから遠くに行くんだ。
君の心が届かない遠くに。
引き留める両親に無理を言って家を出た。
俺は生まれ変わるんだ。
藤崎詩織という人間を思い出の底に閉じこめて。


俺の新しい部屋は私鉄の駅から少ししたところにある繁華街の外れだった。
どこにでもあるなんの取り柄もない街だったんだ。
大学に通うには倍の時間がかかったけど、電車に揺られていると
君から離れていく距離を感じることが出来て丁度良かった。
でも、まだまだだった。
時折俺は君の姿を見掛けた、場所はもちろん大学の中でだよ。
走りよりたい衝動とそれを思いとどまらせる記憶が俺を駆けめぐった。
全然俺は生まれ変われていなかったんだ。
新しい友人も作ろうとしたんだけど、よっぽど疎いヤツじゃないと
俺達のこと知らない人間が居なくて、ちょっと親しくなる頃には誰かから
教えられていたんだ。そしたら、そいつも俺と詩織をゴッチャにして来てさ、
誰一人として俺っていう人間を一分の1として見てくれなかったんだ。
俺はずっと君の掌の上で躍っているみたいに思えた。
俺は君とのつながりを断ち切るって決めたんだ。
その決心を記憶から呼び戻して駅前の本屋に足を運んだ。
行き着いたところは大学受験コーナーだった。
センター試験ならとっくの昔に終わっていたんだけど、私立の2次募集なら
なんとかなった、だからなるべく遠くの地方で私大のページを狙って本を開けた。
・・・・この街から西に2時間ほどの街にある大学のページだった。
レベルも大丈夫そうだった。俺は部屋に帰るとその大学に電話を掛け
願書の入手方法を訊いた。問題は親をどう説得するか、それが悩みの種だった。
受験料くらいはどうにかひねり出せたんだけど、入学するとなったら高額の入学金が
要る。それはどうにもならなかった、胸を張って言える理由なんて無かったから
途方に暮れたんだ。俺は必死で訳を作った、あのバイタリティは凄かったよ。
そしてふとノートを見たらさ、やっと理由を見つけたんだ。
君と同じ時間を持っていた証ってヤツをね。
俺はかつて、彼女と同じ道を進むために努力をした。君を離さないために。
でも今は違うんだ、俺は君から離れようとしている。君と同じ知識は必要ないんだ。
「他の勉強がしたくなった」。俺は親にそう言った。
当たり前だけど親はすぐに首を縦には振らなかった。
だけど俺は、彼女から離れようとしている力を、
次々と理由を産み出す力にしてぶつけた。
俺のあまりのおかしな態度に、俺を育てた親は不信がって
「お前、詩織ちゃんと何か有ったのか?」
とストレートに訊いたんだ。親も俺と詩織のことくらい知ってたんだろうね。
俺は答えた
「別に、『以前のまま』だよ」
それで良かった。一人っ子の俺に親は他に何にも訊かなかった。
後は2年遅れることの覚悟なんかを聞かされて、その日は実家に泊まった。
寒い夜だった。
久しぶりに望む君の部屋は冷たく沈んでいるように見えた。
あの窓に顔を覗かせている部屋はいつまで経っても明かりが点らずに
闇を湛えていた。そこに置かれていた鉢植えは分厚いカーテンの
向こうにあるのかな?まだ元気なんだろうか。
君がその部屋で暮らしていることを形として見たかったんだ。
でも結局何にも見えず終いだった。
それでも俺は前に何度も手を伸ばしかけた君の部屋の窓を眺めながら眠りに落ちた。
しばらく見なかっただけで無性に懐かしかったんだ。


今まで過ごした中で一番長い冬がやっと終わり、春が来た。
俺は君から何百キロも離れた街の大学に通い始めた。
俺の思い違いとしては、こんな所にも君は沢山居ることにようやく気づいたこと位
かな、頭ではずっと前から分かっていたんだけど、正直びっくりしたよ。
そして改めて彼女の力っていう物に感心したりしたんだ。
でも良かったんだ、俺は彼女を無視しても彼女はそれを咎めたりはしないんだから、
君の微笑みに胸を痛めることなく暮らして行けた。
俺は新しい大学でも割と上手くやって行けていた。
生まれ育った街に比べるとちょっと小さいこの街も結構好きになれた。
俺を好きだって言ってくれた娘だって居たしね。
あ、その話は断った。やっぱりまだ捨て切れていない部分が有るんだよね。
部屋のタンスの一番上の段には、君との思い出を色々詰めたCDのジャケットくらい
の底をした箱が有るんだ。時々はそれを大仰そうに持ち出して眺めたりするんだ。
何だか女々しいよな。
こっちに来てからチャンネルとか全然違うんでTVとか見なくなったんだけど、
地下鉄にある女性週刊誌の中吊り広告なんかに見てみたら、君は
ファッションリーダーとしての地位を固めたみたいだね。
でもそれの足を引っ張ろうとする記事なのかな、君の態度がどうとか健康がどうとか
そんな題がショッキングさをあおるように書き殴られていた。
俺の妥協で今度こそ何もかも上手く行ったんだ。
そう思うとようやく報われた気持ちになれた。
前に無理に君を好きになろうとしたこともあったんだけど、考えてみれば変だよね、
「好きになる」って自発的なことなのにさ、やっぱり好きなんだから
君が嬉しがることを与えるっていうのが自然なんだろうな。
何だか俺のせいで彼女に出来なかったことがようやく出来た気がして、君にようやく
詫びることが出来た気持ちになれたんだ。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜詩織編
サブタイトル第11話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜詩織編, 藤崎詩織
感想投稿数37
感想投稿最終日時2019年04月09日 03時36分43秒

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  • [★★★★★★] いざとなると、男って駄目な生き物ですよね。女は現実に生き、男は思い出に生きる。う〜ん、難しいなあ。