あの年も夏がやってきた。
相変わらず俺と君は離れた距離を保ちながらやっていたね。
俺の方は順調だった。
でも・・・・。
大学の学食に腰掛けているときだった、後ろの方で話し声が聞こえたんだ。
そんなことは別に珍しくないんだけど「藤崎詩織」っていう言葉が出たら
妙に耳を澄ましちゃってさ、聞き入っちゃったんだよ。
「・・・・あれさ、最近ちょっとおかしいと思ってたんだよ」
「でもすごいよねー、あんなになるまでやってたなんて。
入院なんて良い静養期間なんじゃない」
「でもさでもさ、もしかして妊娠とかしてたりして〜」
「まっさかーっ、そしたら追いかけてた男共幻滅じゃーん」
「でも良くある話じゃな〜い、こないだだってさ・・・・・」
・・・・入院?妊娠?詩織が?そんな馬鹿な!
俺は目の前真っ暗になって、気が付いたら公衆電話の前にテレカも入れずに
受話器持ったまま立っていた。
どこに電話しようかなってちょっと迷ったけど、実家のお袋なら居るだろうって
思ったから、一度レバーを引いて改めてテレカを入れた。
お袋はなかなか出なくて、切ろうとしたときようやく受話器を上げたんだ。
鍋に手が放せなかったとか言って、気楽そうな声が俺の気を少し軽くした。
何より聞きたいことだけ聞いたんだ。
でもお袋もあんまり知らないみたいでさ、全然埒が明かなかったから
テレカももったいなかったしすぐに切った。
それから家に走って適当なチャンネルに合わせてTVをつけたんだ。
どこでもやってることは一緒だろ?
そしたら病院の前でカメラとかフラッシュとか持った人間がたむろっている映像が
映し出されたんだ、そして笑いをこらえて深刻そうな顔つきをした女性レポーターが
早口で病院の窓を指さして喋っていた。
そんな画面の右下にはこんなテロップが置かれていた。
「藤崎詩織 失意の中の入院!!」
訳分からないよな、こんなの。そのテロップと一緒に画面は切り替わっていって
インターホン越しの詩織の母親の声とか流していた。
気の毒そうにレポーターがインターホンにマイクを向けている姿は
白々しくって面白かったよ。で、最後に言った「お大事に」って台詞が
「ネタをくれてありがとう」に聞こえるような顔をしてその場面は終わったんだ。
カメラ向けられたスタジオの奴等も「一日も早い回復をお祈りしております」って、
当分食いつなげるネタの提供に感謝している風だったぜ。
いや、そんなことはどうでも良いんだ。俺が聞きたかったのは彼女の具合なんだ。
どうも「入院」より他のことが気にかかっちゃってしょうが無かった。
俺は君から逃げたんだけど、やっぱりさ、あきらめきれない部分が沢山有るんだ。
電話が鳴った。きっとお袋からだ、きっと詩織の親から何か聞いたんだろう。
別にあわてずに電話口に出た俺は驚いた、彼女の母親からだったんだ。
そして俺は初めて彼女の病名を知った。「栄養失調」。
知名度の割に馴染みの薄い病気の理由について、彼女の母親は何も語らなかった。
その代わり必死に俺に訴えた「詩織が俺に会いたがっている」って。
それを聞いた途端俺は二つの思いが浮かんだんだ。
一つは、この機会を使ってまた詩織と一緒にいよう、って女々しい考えで
もう一つは、今彼女に会うとせっかくの今の暮らしを失うんじゃないか、ってケチな
考え。スケジュール帳をめくる振りをして考えたんだ。
結構迷った末結論を出した
「すいません、ちょっと課題に追われているんです・・・・。」
語尾を乱す形で締めくくった、彼女の母親も、それ以上何も聞かなかった。
君に会っちゃうと、何もかも元通りになりそうな予感があったんだ。
それから連日のように実家から電話があった、詩織ちゃんの見舞いに来なよとか、
夏休みにかこつけて帰って来いとか、けど俺はその全てをはねのけた。
初めての土地で迎える夏は決して生ぬるくはなかったよ。
君の入院は思いの外、長かった。
君が入院している間中「妊娠」の二文字は付きまとっていたような気がする。
いつもの地下鉄に乗ったらいきなり「藤崎詩織、妊娠相手徹底検証!!」とかいう
中吊りの文字が目に飛び込んだりしたんだ。
よくもまぁ思い込みを人前に晒せられるもんだなって、
その労力と神経に拍手と嘲笑を送ったぜ。
君が退院した日はテレビの前にいた、君の姿を見るためにね。
何日ぶりかで見る君は、病名から推し量ったほど痩せこけていなかった。
それが俺を安心させたんだ、だから後は君の「お腹」にしか視線を投げない
レポーターに怒っているだけにした。
病人には不似合いな真っ赤な服を着た君は、そんなレポーターの下らない質問に
2,3答えただけでさっさとタクシーに乗り込んだ。
そして家に帰ってまず何したっけ?時間から察すると、帰るや否や俺に電話を
掛けてきたんだろうね。
もちろん俺はその時部屋にいた。そう来るって確信はなかったけど、正直に言えば
ほのかに期待していた気もする。
「もしもし私、詩織ですけど」で始まって、
「そっちで忙しいみたいね」って君を訪ねなかった俺を遠回しに責めたね。
何百キロも離れた距離は、君の声にちょっとエコーをかけただけで俺に届いた。
君がリアルタイムで発している声を聞くのは、本当に久しぶりだった。
俺はつい決心も忘れて君の声に聞き入ったんだ、君のあの台詞までは。
「まだあなたが好きなの・・・」。
それじゃあダメなんだよ。何も変われない、俺にずっと未練を残すような
素振りは止してくれよ。
そう思ったけどストレートに言うことはやっぱり出来なかった。
「僕は君と同じ気持ちじゃ無いのかも知れない・・・」
「かも知れない」ってところがずるいよな、切ろうと努力していながら
切れないでいるんだ、やっぱり君の声を聞いたからなんだろうね。
だから君の電話を切った後、すぐさま受話器を取ってダイヤルした。
116
「すいません、電話番号変えたいんですけど・・・・・」
退院して以来の君は「惨め」って言葉がよく似合った。
あの疑惑が君の評価をずたずたに引き裂いたんだ。
清楚な感じが売りだった彼女だから、ますます痛かったようだ。
無責任なヤツは彼女のことを過去のアイドルとか言ったりしてた。
俺はTVに君が出ることも少なくなったんで、安心してつけていられるようになった。
本屋でも君の姿は見なくなった。グラビアの所を立ち読みしている連中の手は
君の後を追っていたアイドルのページで止まっていたりした。
そんなこと俺には関係ない、と思っても怖くなるくらい彼女が居なくなったんだ。
今度は彼女が姿を見せなくすることによって、俺が順調で居るんじゃないかな。
そう思えてきたりもした。
彼女の居なくなった心の隙間は他の物で埋めようと努力した。
努力する必要もなかった、いろんな楽しい物がこの街にも満ち溢れていたからね。
いろんな奴とつるんで馬鹿騒ぎして、下らないことをずっと話し合ったりして
秋は過ぎていった。
俺が彼女から逃げてまで手にしたかった、1分の1は満たされた、
それだけでも俺は満足したんだ。
クリスマスイルミネーションが街を彩る季節が来た。
今年のこの時期を奏でる音楽に君の曲はなかった。
俺はいつものようにいろんな歌が流れる街で何人かと騒いだ後。
地下鉄に乗って部屋に帰った。
俺は目を疑った、俺の部屋のドアの前にしゃがみ込んだ君を見つけたんだ。
俺の姿を認めると帽子とサングラスを取り駆け寄って
「あなたに会いに来たの」
そう言って俺に体重を預けた。
君の体は信じられないくらい軽くて驚いたよ。
そして君の顔をじっと見つめた、可哀想なくらい痩せた顔になった君が
目に涙を浮かべていたんだ。
「テレビで見た時の感じとは随分違うね」
偽りのない言葉だった。
「今日はメイクさんにやってもらってないから・・・」
君は顔さえも作られた姿を映し出していたんだ。
俺は悲しくなった、そこまでしてもまだ君は他のやつ等の心を離すまいとしていた。
すごい執着心だよなって。
にも関わらずこんな忙しいはずの時期に、俺なんかの所に来れるなんて
よっぽど暇、って言ったら彼女に悪いけど仕事がなかったんだろう?
だけど俺は何にも知らない振りをして彼女を部屋に入れた。
作品情報
作者名 | 雅昭 |
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タイトル | 悪意に満ちたSS〜詩織編 |
サブタイトル | 第12話 |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜詩織編, 藤崎詩織 |
感想投稿数 | 37 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 05時52分28秒 |
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- [★★★★★★] 素顔に戻りつつある彼女、擦れ違う心。いよいよ大詰めですね。