「何のご用件でしょうか?」
僕は不信感をあらわにしてその男に訊ねた。
「あ、すいません私は・・・」
男が差し出した名刺には一目でそれと分かる会社名が書かれていた。
「沙希さんの姿、拝見させていただきました。内側で光るものがあると思います
あのプロダクションが沙希さんを手放すようでしたら是非ともウチに・・・」
「どうしたの?」
そのタイミングで彼女は来てしまった。
「あ、沙希さん。いや、いまお兄さんにお話ししていたところなんですよ」
「お兄さん?あ、あの、どちら様で?」
「申し遅れました・・」
と、男はもう一枚名刺を差し出して言葉を繋いだ。
「是非ともウチに来ていただけないかとお兄さんに・・・」
こんな来客が有ること自体、僕の常識では考えつかなかった。さらに考えつかなかったのは
その来客への彼女の対応だった。
僕の中ではきっと彼女はこんな馬鹿げた話を一笑に付して自分の部屋に引き返すはずだと
思っていた。だけど馬鹿げていたのは僕の方だったんだ。
彼女は僕が見たこともない笑顔を浮かべて話に聞き入る姿を僕に見せた。
思わず僕は玄関から飛び出し、夜の街へと駆け出した。あんな姿ができる彼女だとは
正直思っても見なかった。僕に見せることをしなかった姿、隠していた姿。
「引き立てる応援と支える応援」
いつかの言葉が頭の中でよみがえった。与える対象を得た力がまるで水を得た魚のように
彼女の体の中を飛び回っているような姿をしていたと思った。
そして、その姿を綺麗だと感じる自分が居た。
その夜遅く、電話が掛かってきた。
「ごめんなさい、私、やっぱり・・・・」
僕は何も言わなかった。自分自身が固まっていないのに不用意に口を開いて傷つけたり
傷ついたりすることが怖かった。世の中に100%の善と100%の悪はあり得ないことくらい
この歳になると分かっていて、しかも90%の悪に10%の善が打ち勝つことが有ることくらい
十分理解していた。だから何も言えなかったんだ。
僕1人の小さな人間の思い込みがどれだけ大きな傷を作る可能性があるかということは
僕の18年と何カ月の生活で十分分かりきるまでにはなっていなかったから。
僕は3年間ずっと彼女が居たから頑張って来れて、頂点であるところまで駆け上ることが出来た。
今度は立場が逆になったのかも知れない。あきらめと納得の入り交じったため息が自然と吐き出された。
僕が支える番なのか・・・・。
どうして僕は「虹野沙希」という人間を好きになったんだろう。
「好きになることに理由はない」という言葉がある。本当にそうなんだろうか。
何が「虹野沙希」という人間をそうさせているのだろう。姿形?声?性格?
どれか一つが無くなれば「虹野沙希」で無くなるんだろうか、そうはならない。
生まれたときから彼女は「虹野沙希」で、きっと今も「虹野沙希」でこれからも「虹野沙希」だろうと思う。
彼女の時間の一部を掬い取ってそこだけを好きになる。そんなことは許されないのだろうか。
「永遠」僕が憧れ、きっと彼女も憧れた言葉だ。変わりゆく中でお互いを許し合うのが「永遠」ならば、
僕は彼女を受け入れなければならない。きっとそれが「永遠」に憧れた2人の代償なのだから。
何カ月ぶりかで便箋と向かい合った。伝える言葉は一言で済むはずだった。
「応援、出来るから」
80円切手を貼る手が震えていた。夜の内にコンビニの前にあるポストの中に入れてしまおう。
彼女が好きだから、彼女が好きでいてくれるから、僕は彼女を見つめなければ、以前彼女が
僕にしてくれたように終わりのない想いのクッションを彼女の下に敷いておこう。
3日後、正式に「虹野沙希」はプロダクションに所属する人間になった。
作品情報
作者名 | 雅昭 |
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タイトル | 悪意に満ちたSS〜沙希編 |
サブタイトル | 第3話 |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜沙希編, 虹野沙希 |
感想投稿数 | 24 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月17日 12時03分15秒 |
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