あの日から僕たちは変わった。


毎日のように行われるダンス、発声、演技のレッスン。
僕は時間が許す限り彼女の状態を知るため会うように心がけた。
高校時代のように2人で会える時間が増えたのは思わぬ彼女からのプレゼントに思えた。
大学からの帰り、待ち合わせ場所は駅前のアイスクリーム屋に決めていた。
30種類くらいの中からいつも違うものを頼んでお互い取り替えたりしながら、尽きない話題で
笑ったり考えたり。気後れしていた高校時代には出来なかったこんなことが堂々と出来るように
なったことがとても新鮮で、とにかく刺激に満ちていた。

彼女が足を踏み入れた世界の話を聞くことも刺激的だった。日の目を見る人間以外の話を
聞いて自分の視野の狭さに驚いたり、傷を舐め合っているような連中の話を聞いて目的を
見失った人間のつまらなさを考えたりさせられて、僕も随分知らなくても生きていけるような知識が
増えたと感謝するべきかしないべきか。
とにかく一緒にいる時間が増えたことの理由はどうあれ、僕はその時間を楽しむことに夢中になっていた。

春が重い腰を上げてその隙間に夏が入り込もうとしていた季節だった。
初めて彼女に仕事が来たのは。
いつものアイスクリーム屋でダブルを頼んでささやかなお祝いを2人でやった。
「おめでとう」
誕生日以外で僕からこんな言葉を掛けるなんてずっと考えもしなかった。
僕が彼女からのこの言葉を待っていたあの頃、この言葉を探してがむしゃらになっていた。
今の僕ががむしゃらになっている彼女に掛けられる言葉で一番適当な言葉はやっぱりこれなんだろう。
この言葉に込められた気持ちは通じているのかな。それだけが僕の心配だった。

無料配布の通信販売カタログのモデルの仕事を彼女は取ることが出来た。
初夏なのに暑苦しい冬服を着せられることになった彼女は想像に少し幻滅しながら学校を休んで
撮影場所に出掛けて行った。学校帰りの僕といつもの場所で待ち合わせた彼女は疲れていながら、
ひとつやり終えたことに満足した顔で僕と会った。


そこまでの僕たちは何事もなく、ただ2人の夢を叶えようとしているごく若い2人だったんだ。
僕の中の君を語るのはここからになってしまう。

それから君は演劇にも手を出した。もちろん蓄積のない君はちょい役でしか出ることは出来なかった
けれど、着実に何かをこなしている感触を楽しんでいるように見えた。
慌ただしい夏休みだった。僕はバイトに明け暮れながら台本を覚えるのに付き合ったし演技を僕の前で
披露したりするのにも立ち会った。
結果、僕の預金口座にはいくらかの数字が増えて、君は数字に出来ない力を付けたと思う。
違うのは減るスピードだったことだけはハッキリと言える。こんなに2人で過ごせたのは部活の夏合宿でも
なかなか出来ないことだった。君を独り占めできていると実感できるくらい僕の力を沸き上がらせて
くるものは無かったんだ。
だから、随分と君は僕に言ってくれたよね「あなたがいると不思議な力が出てくる」って、
僕も同じさ、そう言い切れない自分が少し惨めに思えてきた。君が持つ力は目で見ることが出来るけれど、
僕が君から貰った力は何に使えるんだろう、結局君に向かっていく力になって行くんだと思ったんだ。
少しだけもどかしさを感じた。光と影のギャップって言うのかな、影は光がなければ居られないし、
いつまでも影でしかいられない。だけどそんな大げさなこと無いとは思った、だって彼女が光で居られる
部分なんてほとんど無いんだから。

初舞台の時、市民会館の客の入りは4割くらいだった。それでも君は足のふるえが収まらなくって
涙を流しそうな顔で僕を見つけると駆け寄ってきたね。
ありきたりの言葉なんて言えなかった、いや、たとえありきたりの言葉でも僕たちにとって特別な言葉を掛けた。
「応援、してるから」
僕は君の反応を待たずに客席へと向かった。

その劇は誰でも話の筋くらい知っているくらい有名な題目で、その上彼女の出番なんて長い長い
その劇の中でほんの一コマなんだから失敗しようがないと言えばそうだし、上手いのか下手なのか
分かりっこないといえばそうでもあった。だけど僕は見ていた、回を重ねる毎に上手くなってゆく笑顔を。
練習では出来なかった笑顔を浮かべて彼女は演じていた。
あの笑顔----僕に勝ったあの時の笑顔に似ていると思った。
「引き立てる応援」・・・か。
僕は毎回彼女に花束を渡しに来る1人の男の顔も見ていた。
去年とは違う方向に暑い夏が終わろうとしていた。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜沙希編
サブタイトル第4話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜沙希編, 虹野沙希
感想投稿数24
感想投稿最終日時2019年04月09日 15時07分22秒

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