花束の花がしおれる頃、彼女は初めて待ち合わせ場所に来なかった。
もうすっかり決まっていたいつもの席に腰掛けながら、仕方なく窓の外を眺めてみると、
こんな早い時間から街は夕日に染まっていくことに気が付いた。
目の前の交差点で信号待ちをする人々の服装の身軽さは相変わらずだったけど、じわじわ
秋が空気の中に溶けこもうとしている気がした。
夏を振り返ってみると、とんでもない夏だったことに改めて驚く。ほんの何カ月かで彼女は
まるで違う道を歩み始めて、僕はそれにすがりついているようにも見えてしまう。
僕と彼女、外見の類似性のない2人が同じものを目指す、こんな素晴らしい2人は
なかなか居ないだろ、そんな優越感が僕を支配していた夏だった。
1人で居るとこれまであまり感じなかったクーラーの冷気に頭が冷やされたんだと思う、
ふと思った目指すものって何だろう?
あのころは具体的な場所とか数字とか目に見えていた、だから一歩でも近付こうとすることが出来た。
だけど今の彼女は何なんだ、目指すものって有るのか?方向すら知らないで走り出してしまった
んじゃないのかなってね。


店を出て、まだまだ健在のむっとする空気の中自分の家に向かって歩き始めた。
街を歩く人々と比べると自分の肌がやたらと白いことに気が付いた。毎年僕を真っ黒にさせる
太陽とは、すっかりご無沙汰だったこの夏をまた歩きながら強く振り返らされた。
彼女と2人で過ごしたこの夏。
ゴールのない2人3脚か。無限の螺旋を走り続けることが「永遠」を保ち続けることになるんだろうか。


夜になって、とても疲れた声で彼女が僕に電話を掛けてきた。
「ごめんなさい・・・。本当に色々やらなければいけないことがあるの。」
「分かってる、頑張ってね」
僕はいつもと同じ応えをしたつもりだった
「頑張って・・・か、そうよね、私が頑張らなくちゃ他の人が頑張ってもしょうがないもんね、
私が頑張らなくちゃ・・・誰にも代わってもらえないから」
「僕が居るだけじゃ駄目か?」
「ううん、そんな意味で言ったんじゃない。結局、私がやらなくちゃなんにも目に
見えた姿になっり聞こえる音になったり出来ないでしょ。」
「そうなのかな」
複雑な思いだった。自分の力と彼女の力、同じ方向を向くことは出来ないことは分かっていたんだから。
「そうなの、私を欲しいと言ったプロダクションの人達だって結局は私に何もしてくれないし」
「頑張ればきっといつか良いこと有るって言ってたじゃないか」
「ちょっと自信無くしてきちゃった。私、やっぱり何もできないみたいだから・・」


「頑張って」それは残酷な言葉だったんだ。
あの時、僕は彼女の痛みをどれくらい感じることが出来ていたんだろう。
「らしくないよ」
「えっ?」
「なんにでも頑張れば立ち向かっていけるって信じていた頃の沙希はどこに行ったんだよ。
途中で諦めようだなんて絶対に考えられないことだったんじゃないのか?」
受話器から音が途絶えた。彼女の息をする音すら聞こえなくなった。
しばらくして、ハングアップ音が僕の耳に届いた。


僕は次の日からしばらく待ち合わせ場所に行くことをやめた。残り僅かな夏休みで仕上げなければ
いけないレポート類がそのまま白紙であることも理由の一つだってけれど、何よりの理由は僕から
逃げ出した彼女を少し責める気持ちが起こったからだった。
会わなくなって3日目、電話が掛かってきた。大学のサークルで海に行くお誘いの電話だった。
運動不足と白い肌が少し気になっていた僕は了解し、出掛けて行った。


「へぇ、来たんだ。もしかして彼女と上手く行ってないの?」
駅を出て集合場所に着くなり僕にそう言ってきたのは以前僕を送った先輩だった。
「そんなことありませんよ」
という自分の中で図星なのかまるっきり外れなのか少し考えてしまった。
もう、土用波もとっくにやってきていてクラゲもあちこちにいるようなので泳ぐことはせず、砂浜で
バーベキューをしたりビーチバレーをしたり昼間に打ち上げ花火をあげたりしてしょうも無いけれど
十分楽しい時間を過ごせた。大勢で騒ぐ楽しさ、これは2人っきりで居るだけでは絶対に得られない
気持ちなんだろうな。ビーチボールを打ち返しながらちょっとだけそう思って、彼女の顔を思い浮かべた。


レポートを仕上げるのにはもう少し時間が掛かった。
夏休みが終わるのとレポートが終わるのがほとんど同時で久しぶりに時間に追われる怖さというものを
実感した。だけど、レポートを終えてみると時間があって、課題があるからこそ僕はレポートを
書いたのではないか、そんな気がした。決められた制限と決まった理想、それがあるから僕は
時間の中で「頑張る」ことが可能だった。
彼女はどうなんだろう。期限も決められていなくて、終わりが無くて。その中でどうやって「頑張る」ことが
出来ているんだろう。不思議と不安が僕の頭をよぎった。
僕に助けて欲しかったのはそんな事じゃなかったのかなってようやく分かった気がしたんだ。


待ち合わせのアイスクリーム屋で彼女は今日も待っていた。
僕が肩をぽんと叩いて「よっ」と今まで何もなかったかのように振る舞うと彼女も
「お久しぶり、ずいぶん日に焼けたね」と笑顔と一緒に返した。
その日の笑顔も見たことのない笑顔だった。だから理由を聞かずにいられなかった。
「ほら、これ」
笑顔の理由は手にしていたA4サイズの封筒だと言った。
「テレビに出ることが決まったんだ、私」


その日のお祝いはトリプルのアイスクリームに決まった。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜沙希編
サブタイトル第5話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜沙希編, 虹野沙希
感想投稿数24
感想投稿最終日時2019年04月11日 22時56分47秒

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